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プロフィール
本間理恵子
写真家 「逃避」「心のシェルター」「救済」を軸に、写真を通して見る人の内側にそっと寄り添う作品を制作。代表作に「cube」、「白日夢」など。現実と非現実のあわいを幻想的な世界観で描き出している。国内外での展示・受賞歴も持ち、作品は書籍装幀などにも多数起用されている。
現実世界から分離された心のシェルター 「cube」
プロジェクトを生み出し発表することが、写真活動のすべて。
この世界には多くの情報が溢れている。
ネガティブな感情を引き起こすニュースや、匿名の悪意、言葉の凶器。
それらに触れるとき、私は自分の殻に閉じこもり、現実から逃げ出したくなる。
作品に登場するガラスの箱は、内側を人の心、外側を現実世界とみなし、
その二つを分離する境界を表現している。
一見すると孤独で閉塞的なこの箱は、
実はストレスの多い現実から一時的に逃げ込める「心のシェルター」とも言える。
私は撮影時、被写体に基本的に指示を出さない。
透明な箱の内側には外からの声も環境音も届かない。
自身の息遣いだけを感じながら、被写体は何を考え、どのように動くのか。
箱の内側は他者が干渉できない世界となる。
同時に、この作品は複雑な内面を持つ被写体と
外側の世界との関わり方をも映し出そうとしている。
誰かと繋がりたい願望と、それを叶えられない隔たりによる葛藤。
現実からの逃避が、この作品の中心的なテーマである。
私自身にも心のシェルターが必要だった。
だからこそ、自らの弱さを受け入れ、その先にある表現を追求していきたい。
── 本間理恵子
ガラスの箱は撮影のための特注品。撮影当初は本間さん自身がキューブの中に入り、セルフポートレートを撮影していた。それから徐々に友人にモデルをお願いするようになり、プロジェクトの意味を考えていく中で数も増やしていった。数が増えると一人で完結することが難しくなり、信頼できるスタッフに協力を依頼するように。関わる人が多いほど責任や準備への意識も高まっていった。撮影は、静けさや集中を保てるような環境を選び、入念な準備のもとで行われている。
本間さんはキューブを“逃げ場所”と捉えている。情報過多の現代、聞きたくもないことが流れてきては心を痛めている人がいて、それは、本間さん自身もそうだという。現実世界の音が聞こえない場所に、“逃げてもいいんだよ”というメッセージを込めた作品であり、キューブは心のシェルターを表している。実際、キューブの中に入ってしまうと外の声は届きにくい。コンセプト意図もあり、基本的に被写体に指示を出すことをしていない。
作品を発表することに、責任を持つということ
「私が写真を始めたのは、30歳を超えてから。訪れたコンセプチュアルアートの展示がすごく刺激的であったことや、現代アートギャラリーに関わっていたことがきっかけで、作家というものに強い憧れを持つようになりました。自分も何かを創りたいという思いで生まれたうち1つが、自身が見た夢から着想を得た『cube』です。実は作品が先にできてしまった、というのがこのプロジェクトの始まり。創ってみると今度は人からの評価を聞きたくなり、2015年5月に東京で初の個展『Sink Into The Dream』を開催しました。新潟を拠点にする無名の写真家が突然東京で展示をしたところで、誰が来てくれるんだろう、と思い3カ月前の2月には、宣伝を兼ねてグループ展に参加しました。この2つの展示がきっかけとなり、その後、展示の機会をたくさんいただくようになった。来場者と会話をしていく中で、自分のことを作家として見てくれていると感じ、そのことに、私は責任を持たなければならない、作品を投げかけておきながら説明がないのは失礼なこと。そう思い、コンセプトとより深く向き合うようになりました。ところがそれが、本当に苦しい。なぜやっているのかの答えは、極論『好きだから』でしかないんです。考えているとつらくなるし、言語化の壁を感じては苦しくなる。その渦中であるとき、ふと“救済”でもあるのではないかと思いました」。
「cube」を撮り始めてちょうど10年。何度も苦しみながらブラッシュアップを続け、成長し、今のステートメントの言葉がしっくりきています。
「私は作品を創ることで、自己を救済しているのだと。それ以降、時代とともに変容する社会とその時々の私自身をすり合わせ、何度もステートメントを書き換え、ブラッシュアップするということを繰り返してきました。最初の個展から10年を経て、自分の中で作品創りの姿勢やコンセプトの捉え方も深まり、変わらないテーマを軸に今も作品創りを続けています。小さなギャラリーでの不安なスタートから、コマーシャルギャラリーや海外での展示など、思いもよらなかった舞台にまで立てるようになった。今、私の作家活動の根底には、『逃避』『心のシェルター』『救済』があると自信を持って言うことができます」。
本間さんの作家活動は、バッドエンドの物語をハッピーエンドに再構築する「白日夢」、自分が見た奇妙な夢を写真で表現する「1/f-yuragi-」、そして「cube」という、3つのプロジェクトで始まった。それぞれ異なる内容の取り組みでも、同じ核があるのではないかと紐解くことを行い、「逃避」「心のシェルター」「救済」を作家活動の根底とするアーティストステートメントもホームページに書き出している。救済は写真を撮ることで救われている自身にも向けられたものでもあり、だからこそ、「この先も写真を一生続けていく」と本間さんは断言する。
Photo Book『繋がり、隔たり』私家版
GENIC vol.76 【cube】
Edit:Chikako Kawamoto
GENIC vol.76
2025年10月号のテーマは「 撮ることのその先へ This is My Project.」
あなたは「何」を撮っていますか? 自分の表現を説明できますか?
タイトルをつけることができますか?
オリジナルのプロジェクトを持つことは、自分の写真を「言語化」すること。
1つの企画によってまとめられた作品群からは、“作家の声”が聞こえてきます。
あなたも、写真プロジェクトを始めませんか。
一歩進む。撮ることのその先へ。