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プロフィール
瀧本幹也
写真家/撮影監督 1974年生まれ、愛知県出身。
藤井保氏に師事後、1998年より広告写真をはじめ、コマーシャルフィルムなど幅広い分野の撮影を手がける。第一人者として広告写真界を牽引する一方で、自身の作品制作も精力的に行い、写真展や写真集として発表。代表作に『BAUHAUS DESSAU』『SIGHTSEEING』『LAND SPACE』『LOUIS VUITTON FOREST』『CHAOS』がある。
他に、80本を超える広告作品を掲載したハウツー本『写真前夜』、今年2月に発売した広告の仕事を1冊にまとめた初の仕事集『Mikiya Takimoto Works 1998-2023』なども。
瞳の奥に映る景色
日本の広告界を牽引する写真家の瀧本幹也さんが、年を重ねることで理解し、瞳に映るようになった景色は、万物が抱く宇宙と、連綿と続いていく命のつながりだった。
花を撮っているけれど、見ているのは「生命」のつながり。
「COVID-19が大流行しはじめた2020年の春、海外撮影を含め撮影の仕事のほとんどがストップしました。小学生時代から続いてきた写真を撮ることと生活が一体になっているという状況が一変し、写真が撮れないことで深い悲壮感を漂わせている自分がいた。このままではまずいと思い、カメラを手に外へと出ると、誰もいない場所を求めて偶然たどり着いた河原で、菜の花が咲き誇っていました。その瞬間、これまでの世界と何ら変わらないその美しさと儚さに触れ、この感情を写真に留めておきたいという衝動に駆られました。それをきっかけに、初めてカメラを手にした子どもの頃のような高揚感を覚えながら、身近にある花を無我夢中で撮り続け、目を凝らせば小さな世界にも宇宙のような無限の広がりがあることに気づいていきます。それは、自生する花に連綿と続く命の瞬間でした。その作品をまとめた写真集が、フランス語で光を意味する『LUMIÈRE』です」。
目を閉じて暫くすると、網膜に浮かび上がる景色。
「2020年秋、危ぶまれつつも開催された『KYOTOGRAPHIE 2020』に参加し、寺院で展示する機会に恵まれました。閉門時間を過ぎて、ひとり展示空間で作品と向き合ったとき、薄暗い自然の光の中で作品が闇に溶け込んでいきそうに見えました。展示の主題であった『私たちは宇宙的な長い時間の一瞬を生きている。人類が我が物とおもっているこの地球こそ、最も身近な天体である』が、より現実味を帯びた瞬間でした。この体験が転機となり寺院を撮りはじめ、それをまとめたものが、今回発表する『PRIÈRE』。フランス語で祈りという意味です。あらゆる生命は巡り、繋がり合うという円融の考えを、目を閉じたときに網膜に浮かび上がる景色で表現しました」。
花という身近なもののなかに、宇宙を見た。
「近年、機材の進化は目を見張るものがあります。しかし、高画素・高解像度は人に例えると視力が良くなることであり、それよりも自分は、目利きになれるかどうかが大事だと考えています。湿度や温度、風…そういった目には見えないもの、視覚化しづらいものをどのように解釈し捉え直すのか。LUMIÈREの撮影中は、音楽も聴かず、自然の中に耳を傾けていました。水の流れる音や風のそよぎ、虫が羽ばたく音、いろいろな音が聞こえてきて、それらも写真に閉じ込めたいと思いました。きれいな花の写真はたくさんあるけれど、そうではない何か、心にぐっとくるような瞬間を期待しながら歩き、その瞬間に出会ったとき、1時間以上その場から動かずに撮影に没頭することもありました。さまざまな景色が世の中にはあって、多様性にあふれている。そこに、自分は何を感じるのか、なのだと思います。そして僕は、身近なもののなかに、精神宇宙を見たのです」。
年を重ねて感じる、森羅万象や円融という考え方。
「僕は今年50歳になるんですけど、自分の年齢もあってか、年々『残していきたい』という欲求が高まってきました。消費されて終わってしまうようなものではなくて、残っていくものをつくりたい――。それはクライアントワークでもそうですし、自身の作品もそうです。今回の被写体、花と寺院にも、そのことを重ねていると思います」。その思いを、瀧本さんは8月下旬より先行発売中の最新写真集『LUMIÈRE』と『PRIÈRE』にも反映しています。用紙は印刷仕上がりを繊細にコントロールできる高級紙ヴァンヌーボVを選択、12日間にわたり朝から晩まで印刷立ち合いをし入念な刷り出しチェックを行うなど、こだわりぬきました。「本、紙というもの自体が、残っていくものでもありますよね」。
パンデミックがあったことで、見えてきた景色
瀧本幹也さんが2013年に発表した『LAND SPACE』は、ケネディ宇宙センターを数度にわたって訪ね撮影。現代文明の象徴として宇宙事業を取り上げた「SPACE」と、太古から続く地球の営みを収めた「LAND」から成る写真集。
「地球の歴史を一年に例えると、人類の登場は12月31日の23時59分とかってよく言われますよね。地球の歴史から考えると一瞬なのに、地球の外へ出て行こうとしている人類は、どこか支配的な思想を持っている。文明の先端を写し出したSPACEに対し、LANDは太古から変わらないであろう地球の原風景のような景色を撮ったもの。その対極とも言える2つを1冊にまとめています」。
この頃から、脈々と受け継がれる地球の景色を撮り続けてきた瀧本さんが、今年8月、約10年ぶりとなる写真集を2冊同時に刊行。連綿と続く命の瞬間を身近な草花に見出し、その内部に息づく小宇宙を3年かけ探求した作品をまとめた『LUMIÈRE』と、静けさに満ちた寺院の建築や庭と向き合い撮影した『PRIÈRE』。どちらも瀧本さんが、生命の循環や、生きものと地球という惑星との共存に思いを馳せた作品から成る写真集です。LANDの頃とテーマ自体に大きな差はないものの、撮影の手法や瀧本さんの視点には、大きな変化があったといいます。
「花をモチーフに写真を撮ることは、おそらく多くの写真家が通っていく道だと思います。でも自分は、まだちょっと気恥ずかしさがあって、避けてきた被写体でした。撮るとしてももっと先のことだと思っていたのですが、2020年の春、想像していたよりも早く撮り始めた。すると自分のなかにある、変化に気づきました。LANDも、その後に撮った海のシリーズも、冷徹な視点で、どこか無機質に見えるように撮影していたところがありましたが、LUMIÈREの撮影中は、有機的なものを求めている自分がいたんです」。
その大きなきっかけとなったのが、世界的に大流行したCOVID-19の存在。小学生時代からずっと、写真を撮ることと生活が一体になって生きてきた瀧本さんの日常も、COVID-19にて完全にストップ。「外に出るな」と言われることが「写真を撮るな」と言われているような気がして、不安を抱え、気持ちがしんどくなっていました。
「このままでは病んでしまう、何か楽しいことをしないとと思って、ライカ1台だけ持って河原に出たんです。そこには、菜の花が一面に広がっていて、気づけば大地に寝転がって菜の花を下から見あげ、撮っている自分がいました。それまでのマクロから、ミクロへと視点が変わった瞬間でした。また、撮影は大人数で、大量の機材を使ってというものばかりでしたが、パンデミックのさなかに始めたLUMIÈREの撮影は、本当に小さなカメラバッグだけを肩から下げて、一人で足をつかって歩くというものでした。綿密なラフスケッチもプランもなしに、まさに一期一会、歩いて発見して、自分が感じたときにぱっと撮る。そうして僕は、身近な花という存在に、小宇宙を見ることになりました。花を撮っているけれど、撮っているのは生命なんです」。
同じ年の秋、寺院での展示に立つために東京から京都へ何度か通い、その空き時間で、周辺のお寺を回り始めた瀧本さん。少し落ち着いていたとはいえ海外からの旅行客はまだ皆無の頃で、訪れる寺院はどこも貸切状態でした。
「本当に人がいなくて。1時間ぐらいぼーっと見ていても、誰ひとり来ないような状況。そのときですね、本来のお寺の姿を、そこで目撃したような気持ちになったんです。東京はどんどん建物が建て替わっていってしまうけれど、京都の寺院は何千年とそこに残っている。縁側に座って目を閉じてみると、しばらくして網膜に浮かび上がってくる景色が見えました。それは、百年前、千年前に同じ場所に座った誰かが感じた景色のように思われました。花も同じです。僕は自生する花にしかレンズを向けませんが、それは百年前、千年前に咲いていた花から受け継がれている命かもしれない。紡がれてきた時間のなかで、森羅万象じゃないですけれど、万物はすべてつながり、循環しているということを感じました。存在として見えているもののなかに、自分は何を見るか ――。20代の頃はまったく興味がなかったけれど、50歳になる今だからこそわかってきたものが多くあるなと感じています」。
「LUMIÈRE」/「PRIÈRE」情報
装丁:須山悠里
サイズ:A4変形
ページ数:248頁
定価:各13,200円
発行:MT Gallery
発売:青幻舎
『LUMIÈRE』の美しいひと見開き。『LUMIÈRE』と『PRIÈRE』、どちらも装丁を須山悠里氏が担い、各248頁という大作に仕上がっている。
連綿と続く命の瞬間を身近な草花に見出し、その内部に息づく小宇宙を3年かけ探求したLUMIÈRE(ルミエール/光)シリーズと、静けさに満ちた寺院の建築や庭と向き合い撮影したPRIÈRE(プリエール/祈り)シリーズを、それぞれまとめた写真集。この刊行をきっかけに立ち上げた「MT Gallery」にて販売中。ご購入は以下のリンクから。
GENIC vol.72【瞳の奥に映る景色】
Edit:Chikako Kawamoto
GENIC vol.72
9月6日発売、GENIC10月号の特集は「Landscapes 私の眺め」。
「風景」を広義に捉えた、ランドスケープ号。自然がつくり出した美しい景色、心をつかまれる地元の情景、都会の景観、いつも視界の中にある暮らしの場面まで。大きな風景も、小さな景色も。すべて「私の眺め」です。