からっぽのポエムと、赤いくちびる/ぽんずのみちくさ Vol.6
ふしぎだ。会社に通っていたころはめんどくさかった口紅を、今は毎日引いている。爪が傷むからと避けていたのに、せっせとマニキュアを塗っている。なんのため?わからない。誰の目にも触れないというのに。無駄、だろうか。
「これじゃ、なにも言ってないのと一緒だからねぇ」
ドラッグストアの店頭にならぶ、新しいヘアケア商品の広告案。私の書いたキャッチコピー案をチェックする上司の表情は、残念そうだった。
仕事帰り、疲れた人が目にしたときにふっと心浮き立つような広告を作りたかった。だけどそれは、「ライバル商品との差がわからない」「新しく配合した成分の特徴が伝わらない」という理由であっさりボツになった。
なにも言ってない―― 私の書いたコピーは、そうやってよく却下された。職場において「ポエム」というのは、商品の中身に触れていないコピーを揶揄するための言葉だった。
たしかに、上司の教えは正しかった。
広告はものを売るためにある。コピーライターが自分の言葉に酔うためにあるのではない。どんなにバズった広告でも、「あれエモいよね」だけが一人歩きして、商品やブランドの印象が一切残らないのでは意味がない。コンマ何秒の世界で人の視線をゲットし、商品を手に取り、カゴに入れてもらわなければいけない。
「ポエム」を封印し、「正しい」コピーを書くようになった。気に入っていた部分を根こそぎ削って提案し直した。「ずいぶん良くなったね」と満足げに上司は言った。
OKが出たのに、ぜんぜん嬉しくなかった。「無駄」をぜんぶ削り、意味のある言葉だけがぐいぐい詰め込まれたその広告はまるで、年収や学歴だけで人を語る社会の縮図みたいで、心の奥で、うへっと思った。
もの一つ売ることのできないポエムは、誰の目にも触れることのない赤いくちびるは、けっして実利的なものではないだろう。だけど、私はそれをやっぱり「無駄」とは呼びたくない。数字を生み出さないものにだって、意味はたしかにあるんだから。
ぽんず(片渕ゆり)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。