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好きと仕事と/ぽんずのみちくさ Vol.84

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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好きと仕事と/ぽんずのみちくさ Vol.84

先日のコラムで書いたガラスペンをきっかけに、最近、イラストを描き始めた。線を引く。インクが滲む。紙に載った色の美しさを眺める。そうだ、描くって楽しいことだった。シンプルな喜びに突き動かされて、気づいたら絵を描いていた。

絵を再開するにあたって、自分の中で、ささやかなルールを決めた。

「イラストは仕事にしない」。

もう少し正確に言うと、「将来イラストを仕事にすることを目指さない」。そもそも今の私の技量では、イラストで仕事をいただくなんて夢のまた夢なのだが、この先仮に上達したとしても、仕事を目標にはしないでおこうと決めた。初心者がなんの皮算用を、と思われるだろうが、いちおう理由がある。

YouTubeやPinterestなどでイラストの描き方を調べていると、技法の紹介とともに「どうやってイラストを仕事にするか」の話がセットで出てくる。イラストや写真といった分野は、「好き」と「仕事」の距離が近い。私だってその恩恵を受けて生きている。だけどその一方で、「ただただ好きでいつづける」ことが難しいのも事実だと思う。

同世代はもちろん、自分よりはるか年下でプロとして活動している人だって、わんさか出てくる。コメント欄をスクロールすると、「自分より上手い人を見ると、自分が描く意味なんてないのでは」という趣旨の言葉がたびたび出てくる。

「自分が描く意味なんてないのでは……?」コメント欄の言葉が、頭の中にこだまする。わかる。その気持ちすごくわかる。

だけどちょっと待った。隣のテーブルの人が美味しそうなケーキを食べていたからといって、「じゃあ私は食べなくていいや」とはならない。自分で食べて、その味を確かめないことには満足できない。私が絵を描きたい理由は、線を引き、色を塗る時間が楽しいからだったはずだ。

そんなわけで、意識して自分の中に「井の中の蛙ゾーン」を持っておくことにした。上手くなろうとしない。楽しいと感じるものしか描かない。下手の横好き万歳。自分の中の「楽しい」の気持ちを守ることに全振りしてみよう。

たまたま私にとってイラストがそういう存在であっただけで、他の誰かにとってはそれが写真であったり文章であったりするのだろう。

これはオマケのような話だけど、イラストについて知るほど、写真を見るのも楽しくなってきた。影は本当はグレーではなくて、いろんな色があること。透明なガラスにも濁って見える部分があること。遠くの山は、少しずつ淡く白くなっていくこと。

イラストの描き方を学んだあとに写真を見ると、「ほんとだ」と思うことばかりで驚く。見ている写真は同じでも、自分の眼の解像度が上がったような感覚になる。

イラストは、文章にも似ている。文章にも、ラフと線画と色塗りがある。何を書くか、題材を考え、構成要素を書き出し、それを徐々に整えていく。言葉の順番を入れ替えたり、語尾のかぶりを直したりする時間は、影や光を塗り重ねるときの気持ちに近い。

一説によると、「井の中の蛙」のことわざには続きがあるそうだ。「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る。」。

「楽しい」を積み重ねた先に見える空は、きっと綺麗だろう。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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