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名前のない出会い/ぽんずのみちくさ Vol.8

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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名前のない出会い/ぽんずのみちくさ Vol.8

突然ですが、運命を信じますか?私は信じません。
運命ってちょっと壮大すぎて、なんかついていけなくて。

憧れの街、パリを初めて訪れたのは、大学生のときだった。
安い相部屋タイプの宿でありながら、かつて修道院だった歴史ある建物を利用しているというあたりが、さすがパリである。
同じ部屋にいた宿泊者は2人。ゴッホが大好きで、世界中のゴッホの絵をすこしずつ見てまわっているのだというご夫人と、アジア系と思しき女の子。女の子の名前はアーティンといい、香港で生まれ育ち、今は交換留学でロンドンにいるという。パリへは短い休暇で遊びにきたのだそうだ。
年の近いアーティンと私はすぐに意気投合した。

「はい、あげる」
突然手渡されたのは、生のリンゴ丸ごと1個。うさぎリンゴの作り方なら小学生のとき習ったけど、丸かじりの方法は習っていない。

パリを旅をしていると、派手な驚きがたくさんある。ガイコツの並ぶ地下墓地があるとか、英語で話しかけてもたまに無視されるとか、映画「アメリ」で憧れた街並みがほんとうに実在するとか。だけど、時として、「慣れ親しんだ果実の食べ方が違う」というような些細な驚きのほうが、カルチャーショックとして記憶に残ったりする。
アーティンの食べ方を横目でマネしながら、私たちは色んな話をした。
「今日食べた美味しかったもの」「おすすめの観光地」から、「宗教」「政治」「香港の立ち位置」まで。

「要はさ」
2個目のリンゴをかじりながらアーティンが言う。
「人間の理解を超えた何らかの大きな大きな力のことを、それぞれの文化圏で名前をつけてるんじゃないのかなって思うのよね」
「キリストもブッダもムハンマドも、結局は同じってこと?」
「たぶんね」

一足先にベッドに入っていたマダムが、眠そうな声を出す。慌てて私たちは電気を消し、眠りにつく。
次の日も、その次の日も、夜はアーティンと話し込んだ。

パリ、最終日の夜。

お互い口には出さなかったけど、明日にはお別れだということが寂しくて、いつもより遅くまで起きていた。
「ユリと食べようと思って!」取り出した色とりどりのマカロンは、貧乏学生の私でさえ名前を知っている超のつく有名店のもので、パリに本店があるのだった。
深夜、手づかみで食べるマカロンは、背徳感も相まって、くらっとくる罪な美味しさがした。

私も彼女にあげたいものがあった。昼間、蚤の市で見つけたアンティークのボタン。決して高級品と呼べるようなものではなかったけど、透明な青色をした、小さなプラネタリウムのようなボタンは、思い出の品としてふさわしいような気がしたのだ。
高級マカロンの後だと見劣りしてしまう気がしてためらったけど、アーティンは「わあ!きれい」と受け取ってくれた。

「私たち、母国から遠く離れたところで出会えてよかったね。こういうのを、私の国の言葉では "エン"がある、 と言うよ」と彼女が言う。
「えん?」
もしかしてと思い、手帳に「縁」と書いて見せると、「そうそう!」とアーティンは笑った。

私には、祈る神様もいない。人生をつかさどる運命も信じない。だけど、忘れたくない出会いを「縁」と呼んで、特別な思い出として丁寧に胸にしまっておくのは好きだ。たとえそれが、ありふれた偶然の積み重ねにすぎないとしても。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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