瞬間は余白に、余白は感情に。
情報量の少なさが 見る人自身の投影や共感の余地となる
「5月の晴れた日、友人を訪ねた先で遭遇したカゲロウの産卵シーン。後から調べたら、カゲロウって5月の晴れて風のない日に一斉に羽化して、交尾、産卵し、死んでいくそう。この時もすごくたくさんいて、刹那的でもあり、本当にきれいだった。“撮った写真”ではなくて、“撮れてしまった写真”ということを強く感じた、まさにスナップ的な1枚です」。
“写真ってこういうことだよな”そう強く感じられるのが、スナップ写真
スナップ写真の積み重ねが軌跡となって、今の自分がある
「実際にはほとんど覚えていないはずなのに、写真を見ることで当時のことを鮮明に覚えている感覚になることがある。写真に写っている世界と、その時に目で見えている世界とでは全然違うことも多いはずだけど、写真を見ていると、“あの日はこんなだったんだな”という記憶が生まれてくる。記憶って曖昧であり、同時にその人の中にしかなくていいものでもある。記録が記憶に置き換わって、真実になっていく。スナップ写真にはそういう力がありますよね」。
偶然と思っていることは、自分が無意識にたぐり寄せている必然に他ならない
「大学院生のときに、大好きな祖父が入院しました。度々見舞う中で、祖父の姿や道すがらの草花、祖父の家のようすなどを何気なく撮っていました。数年後、祖父が亡くなってそれらの写真を見返したとき、これは自分にとっても、家族にとっても、大切な瞬間だったのではないかと思いました。そうか、写真ってこういうことだよなって、強く感じたのです。その頃の自分は、増え始めた仕事での、作り上げていくような撮影に夢中になっていました。それが、祖父の写真を見返したことで、改めて写真と向き合うようになり、祖父の写真も含め、5年間撮りためた日常のスナップ写真をまとめた写真集『あかつき』へとつながっていきました。構想から足かけ3年、写真集の制作を通して感じたのは、スナップ写真の魅力は余白的なところにあるということ。たまたま一緒にいた友人や恋人、家族をふいに撮ったような写真って、仕事で撮るポートレート写真に比べて、情報量が圧倒的に少ない。その瞬間、素敵だな、いい表情だなって、何かを感じて撮ったスナップ写真に写っているのは、被写体そのものというよりも、その瞬間に動いた自分の感情だからだと思うんです。これを見せたい、伝えたいといった意識や情報が存在しない分、写真に余白が生まれる。その余白は、見る人にとっても、自身を投影することができる余地にもなります。とはいえ、撮っていれば欲も生まれて、ちょっと場所を変えようかな、移動しようかなって思うこともあるし、実際にそうして撮ることもたくさんあります。でも結局、写真って“偶然撮れてしまった”1枚が、一番良かったりする。そして偶然は、偶然と見せかけた必然で、それ自体が無意識にたぐり寄せている自身の進むべき方向なんだろうと感じていて。撮れてしまったスナップ写真の積み重ねが軌跡となって、今の自分があるのだと実感します」。
「プライベートで撮るスナップ写真は、すべてフィルムカメラで撮影しています。どんな写真がいい写真かって、本当はそれぞれの好き・嫌いだけの問題であるはずなのに、デジタルカメラで撮影していると、撮った写真を確認しながら、あるはずもない正解を探しにいってしまうようなとろこがある。その点、フィルムだとその場では見られないから、上がってきたもの勝負でしかなく、すごくシンプル。瞬間を撮るスナップ写真と、相性がいいと感じています」。
中野道
写真家/映像監督/文筆家 1989年アメリカ・ノースカロライナ州生まれ。長野県松本市で育ち、現在は東京在住。上智大学院文学研究科修士課程修了後、2015年から写真家・映像監督として活動中。2020年に"全一性"をテーマにした写真集『あかつき』を発表。2023年には写真集『Days in Between』をリリース。いずれも日常で撮りためたスナップ写真で一冊をまとめている。
愛用カメラ:OLYMPUS PEN EE、CONTAX RTS
愛用レンズ:CONTAX RTS Planar T* 50mm F1.4 AE
GENIC vol.69【写真家たちが捉えた瞬間】
Edit:Chikako Kawamoto
GENIC vol.69
1月号の特集は「SNAP SNAP SNAP」。
スナップ写真の定義、それは「あるがままに」。
心が動いた瞬間を、心惹かれる人を。もっと自由に、もっと衝動的に、もっと自分らしく。あるがままに自分の感情を乗せて、自分の判断を信じてシャッターを切ろう。GENIC初の「スナップ写真特集」です。