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旅のエキスパート5名が綴る、もう一度行きたい東南アジア <第1回>大好きな人に訪れてほしい国「ベトナム」/片渕ゆり

少しずつ日常が戻り始めた今。しばらくお休みしていた国外への旅を再開する人が増え始めています。今回は、久しぶりの旅先に悩む人にむけて、気軽に行ける東南アジアの国々のなかから、旅のエキスパートたちが「もう一度行きたいあの国」への想いを綴ります。
また、これからの旅に欠かせないサスティナブルツーリズム(持続可能な観光)についての自身の取り組みや考えも教えてもらいました。
第1回は、旅写真を中心にSNSで活躍するフォトグラファーの片渕ゆりさんが、「価値観や好みは人の数だけあるから何かをおすすめするのは苦手なのに、ついついおすすめしたくなってしまう」という「ベトナム」についてのコラムです。

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旅のエキスパート5名が綴る、もう一度行きたい東南アジア<ベトナム・ラオス・タイ・インドネシア・フィリピン>

大好きな人に訪れてほしい国「ベトナム」

期限を決めない長い旅をしようと決意したとき、最初の国に選んだのはベトナムだった。

理由はいくつかあった。まず、初めて訪れる国にしようと思った。そして、ベトナム料理も理由のひとつだった。私のまわりの旅好きたちが皆、口を揃えて「今まで世界各国で食べてきた料理の中で、ベトナム料理がいちばん美味しい」と言うのだ。職場の先輩からは、「ハノイのブン・チャーは最高だからとにかく食べて」と力説された。私はあまり食に詳しくないし、食費を削って宿泊費に回し、一日でも滞在を延ばすような旅ばかりしてきた。けれど、あまりにも多くの人が異口同音にベトナムの食を絶賛するがゆえ、こちらとしても「食べねば」と使命感のようなものが芽生えてきていた。

日本から直行便で行ける、という現実的なメリットも、ベトナムを選んだ理由のひとつだった。ロストバゲッジの不安も減るし、チケットだって比較的取りやすい。

そんなわけで私は、記念すべきスタート地点をベトナム北部の都市ハノイに決めた。

降り立ったハノイは、エネルギーに満ちていた。道はバイクでごった返している。東京の人混みにはだいぶ慣れたつもりでいたけれど、また違ったパワフルさが待っていた。人の隙間をバイクが縫って走って行く。昼はカフェや食堂に人が集まり、夜になれば地元の人々も散歩に繰り出す。最初こそ緊張したものの、雑踏が心地よいものに変わるのに、そう時間はかからなかった。

果たして本場ハノイで食べるブン・チャーは絶品だった。世界滅亡前夜の食事を何にするべきか、かねてから決めかねていたけれど、本場ハノイのブン・チャーを食べてからというもの、心が決まった。甘辛い肉団子に、これでもかとわんさか積み上げられたハーブ、ちゅるちゅるの米麺。外からの生ぬるい風に吹かれながら熱に浮かされたように食べた味は忘れられない。ハノイ以外の都市でもブン・チャーは食べられるけれど、大阪のたこ焼きや香川のうどんと同じく、本場の味はやっぱり格別だった。

ハノイの次は、美しい街並みの残るホイアンへ向かった。ホイアンのやわらかな黄色の街並みは、見た瞬間に好きになった。かつて朱印船貿易で栄えたホイアンには、日本からも多くの人が訪れ、日本人街も形成されていたという。ホイアンを歩いているとどこか懐かしい気持ちになるのは、何百年も前にこの場所に日本からやってきた人々の名残りをそこかしこに感じるからなのかもしれない。

日が暮れてからのホイアンは、色とりどりのランタンで照らされ、まさに異国情緒といった雰囲気になる。昼の穏やかさとはまた違う、妖艶さの混じった夜の空気に、冒険心がくすぐられる。やわらかな夜風に吹かれて、どこまでも歩いていけそうな気持ちになる。

「海外旅行」という言葉に、豪華なホテルやリゾート、豪勢なショッピングを思い浮かべる人も少なくないだろう。そしてそれも一つの旅の形だと思う。

だけど私が好きなのは、ベトナムで過ごしたような時間だ。目的もなく川辺を歩く。地元の食堂で読めないメニューと格闘する。目が合った人と言葉を交わす。夕日が落ちていくのを眺める。形には残らない、なんの資産にもならない時間。だけど自分のことをきちんと「人間らしい」と感じられる瞬間。

価値観や好みは、人の数だけある。だから何かを「おすすめ」するのは苦手で、「おすすめの映画」やら「おすすめのカメラ」なんかを聞かれてもたいてい言葉に詰まってしまう。だけどベトナムだけはつい、自分の大切に思うすべての人に対して「行ってほしい」と思ってしまう。ハノイの熱気を経験してほしい。ホイアンの夜を歩いてほしい。日常に疲れたとき、今いる場所から逃げ出したくなったとき、新しい景色に出会いたいとき。ベトナムへ行く、という選択肢を、私の大好きな人全員に持っていてほしい。

「私なりのサスティナブルツーリズム」片渕ゆり

グローバル化が進み、地球環境も日々変動している今、旅のあるべき姿も変わりつつあるのだと思います。旅のあり方は自由とはいえ、なるべくその土地のことを知ろうとする姿勢を持つことであったり、自分の行動が悪影響を及ぼさないか?という意識を頭の片隅に持っておいたりすることが、より良い観光の未来につながるのではないかなと思っています。

大好きな旅が今後もずっと続けられるよう、ささやかですが気にしていることがいくつかあります。何かアクティビティに参加するときは、その場所の自然や文化を過度に壊すものでないか、なるべく事前に調べるようにしています。いくつか選択肢がある場合は、長期で地元の人々や自然に還元する視点のあるツアーを選ぶようにしています。その場所の歴史を旅の前に調べておくことも、私なりに心がけていることの一つです。自分自身が心から旅を楽しむと同時に、その場所に住む人々にもなにか還元できるような形で旅をしたいなと思っています。

東南アジア観光情報サイト

片渕ゆり

フォトグラファー/ライター 佐賀県出身・東京在住。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いからフリーランスに。2019年から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。2021年、著書「旅するために生きている」を上梓。

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