はじめてひとりで海を渡ったときのこと/ひとりで世界を歩いたら Vol.7
「はじめてひとりで旅したとき、こわくなかったですか?」「トラブルとかありませんでしたか?」そう聞かれることがあるけれど、正直なところ、はじめての旅はとってもこわかったし、寂しかったし、トラブルもあった。
生まれてはじめてひとりっきりで飛行機を乗り継いで旅をしたのは、大学1回生の冬。行き先はアメリカ。
ひとり旅といっても、旅の大半は現地ツアーに参加し、世界各地から来た人たちとバスに乗ってまわるという形式だった。
本当に自力で旅をするのは、ニューオリンズでの前泊とニューヨークでの後泊、ほんの数日のあいだだけ。今思えば「ひとり旅」と呼ぶのかも怪しいくらいだけれど、当時の私にとっては一大決心した末の大冒険だった。
「一円でも安く」と考えたせいで、飛行機を三本乗り継ぐことになった。時差と疲れで頭がぼーっとする中で、言われるがままに靴をぬいだりカメラを出したり、人形のように動いた。
ニューオリンズに着いて安心したのも束の間、市街地まで乗ったタクシーのフロントガラスは割れていた。私の頭の中には、挨拶にキスをしてジョークの大好きな陽気な人々の住むところ…というコテコテのアメリカ像があったのだけれど、割れたガラスの車を走らせる運転手は無口で無愛想で、心温まる会話のひとつもないまま、二人ともただ前を向いて数十分を過ごした。
とうとうホテルに着いたと思ったら今度は、予約が取れていない。名前を告げても、「そんな名前の人はいない」と言われる。
今であれば、その場でスマホを取り出しサクッと予約を済ませるけれども、そのときの私は完全にパニックだった。はじめてのアメリカで?ひとりで?野宿????
なんとかその日はそのホテルに泊まらせてもらったけれど、ようやく通された部屋のベッドのうえで、ひとりさめざめと泣いた。疲れた。悲しい。夢に見た薔薇色のアメリカ旅行は、こんなはずじゃなかったのに。
しかし、悲しいときにもお腹はすく。
ご飯を求めて外に出たら、古い映画の中に入り込んだような景色が広がっていた。
ニューオリンズはジャズの街。道端でトロンボーンを吹く人、おもちゃのドラムを叩きこなす小さな男の子、突如始まる路上セッション。端正な教会、大きな馬車、汽笛を鳴らす蒸気船。
興奮できょろきょろしながら歩いていたら、突然、タキシード仮面のような格好をした人が一輪の薔薇をくれた。「キャシーからあなたに」。
キャシーとは、彼の連れていた犬の名前のようだった。艶やかで茶色く長い毛をしたキャシーは、へっへっと楽しげに飼い主によりそっている。
いきなりの出来事に面食らう私ににっこり笑いかけたあと、タキシード仮面とキャシーは去っていった。薔薇の正体は、花ではなくチョコレートだった。時差と混乱とですっかり忘れていたけれど、そうだ、今日はバレンタイン。
海を越えた国のバレンタインは、今まで私が知っていたものと全然違うのだなあと、手の中のチョコをながめながらしみじみと思った。
寂しくひもじく始まった旅だったけれど、外に出れば心躍るなにかと出会えると教えてくれたのも、この旅だった。
はじめてひとりで旅をして、万事順調なんて人のほうが、きっと少ない。寂しかったり、不安だったり、自分の手際の悪さに腹が立ったり。だけどその先で出会う人が、景色が、味が、音が、不安をかき消して余りあるから、あれからずいぶん月日が経った今も私はひとり旅をやめられずにいる。
ぽんず(片渕ゆり)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。