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プロフィール

中川剛志
フォトグラファー 京都府出身。これまでに世界を20周以上回り、約50カ国を繰り返し訪れ撮影を行う。作品は米国ナショナルジオグラフィックを始め海外のメディアから発表され、またナショナルジオグラフィックトラベルフォトグラファーオブザイヤーを始めとする海外コンテストを多数受賞。近年は京都とアイスランドを中心に、写真だけでなくインスタレーションアートなどの幅広い活動を行なっている。
愛用カメラ:RICOH GR IIIx
写真家それぞれのランドスケープ
表現の境地

「真実はどうなのか、
私自身はどう感じるのか。
実際にこの目で見て、
この耳で聞きたくて、 旅に出る」
ストレートな表現を避けることで、感じとってもらえるものが増えたら
FORESTS / GLACIERS

「撮ることができないもの
もうそこには存在しないものまで、
作品に取り入れたくて」

「アイスランドの気候変動と植林活動がテーマの作品。約1100年前、バイキングの入植以前は国土の40%が森に覆われていましたが、伐採などにより1%にまで減少。近年、植林活動が行われているものの、厳しい環境により現在もまだ2%となっています。作品は、アイスランドの森林の写真に、温暖化で消えつつある氷河の写真を重ねました。写真の森の場所にはかつて氷河があった。同時に存在することはない『森と氷河』の風景写真を創り出しています。表現を抽象的にすることで、見る人それぞれに、自由に、アイスランド、そして世界の環境の変化を感じとってもらえたらと思っています」。
過酷な環境下に身を置くことで始まった自分自身の内なる探求
FAR NORTH

「訪れた先の目の前の風景や環境を、 自分にとって見慣れたものにする。
そのプロセスを経て初めて、 自分とのつながりが生まれ、 作品へと昇華する」
「オーロラは『あの世とこの世をつなぐ光である』と北極圏では言い伝えられています。22歳の時に父を亡くした私は、父の魂を探すため、そして『なぜ私たちは生まれ、死ぬのか』という自身の問いを抱えて、アイスランドの旅を始めました。旅は常に過酷な天候に見舞われ、壊滅的な吹雪によって地元住民はもとより観光客もその命を奪われ、また日照不足から地元の人々は精神的なダメージを受けていました。しかしこのような極限の環境下に、長きにわたり身を置いたことで、父の魂を探す旅から始まったものが、いつの間にか自分自身の内なる探求へと変わっていきました」。

写真は私と世界をつなぐ手段
「私の作品や表現の根幹には『旅』があります。なぜ世界を旅するのか。それは、世界を知りたいからです。この地球にはどのような景色があり、どのような人々がそこに住み、どのような文化が根づいていて、そして今そこでは何が起きているのか。真実はどうなのか、私自身はどう感じるのか、実際にこの目で見て、この耳で聞きたいのです。その上で、作品撮りにおいて大切にしているのが『つながり』です。これまでずっと、自分と共通点があるものや、明確ではなくてもつながりを感じるもの、もしくはつながりが生まれたと感じて初めて、目の前の景色に惹かれ、撮影してきたように思います。一方で、アウトプットの表現においては、捉え方は見る人に委ねる『オープンエンド』という考え方をしています。写真を始めた頃は、撮影した写真のみでいかに表現するかに注力していました。しかし世界各地を巡る中で、撮影が禁止されているものや、もうそこにはないものの存在を知り、それを作品に取り入れたいと思うようになりました。それからは自分自身に制限を設けず、アナログ、デジタルの両方を駆使して、さまざまな手法にトライしています。また、必要不可欠な準備として行っているのが、『その風景や環境を自分にとって見慣れたものにする』ことです。例えばアイスランドのオーロラがテーマの作品は、冬季に合計半年間滞在し、50回以上オーロラを見る中で制作したもの。オーロラが特に珍しいものではないただの日常になった時に、自分とのつながりを感じ始め、良い写真が撮れるようになりました。時間をかけてその環境に深く入り込むことで、より良い作品が生まれると感じています」。
世の中に忘れ去られた問題を、その写真の存在を忘れることで表現
STARS CAN’T SHINE WITHOUT DARKNESS

「明確な答えを提示するのではなく、
捉え方は見る人に委ねたい」

「未承認国家アルツァフ共和国の消滅がテーマ。アルメニアが長年実効支配していたナゴルノ=カラバフ地域の未承認国家ですが、昨年(※2023年)アゼルバイジャンとの戦争に敗れ、国家は消滅し、住民はそこから脱出を余儀なくされ難民となりました。戦争の写真に世の中が以前ほど注目しなくなった現在、私はこのテーマに合った表現方法を模索していました。試行錯誤の末、帰国後プリントしたものを屋外に放置。世界が紛争や難民のことをすぐ忘れてしまうように、私もその写真の存在を忘れるというプロセスを取りました。半年後そのプリントを回収しに行くと、色褪せ、被写体は消えかかっていました。私はこの作品を通して、世の中には忘れ去られてしまっている問題が数多く存在するということを伝えたいと思っています」。
厳しい現実と瞳に映る美しさを重ねるようにカメラを向けた
RIVER OF LIFE

「タイ前国王が亡くなり国が混乱していた時期に、バンコクの川のそばで暮らす人々をテーマに撮影をしました。バンコクは、昔は街中に無数の川が流れていましたが、経済発展と共にそれらは埋められ、消滅していきました。現在バンコク市内を流れる川のほとりで暮らす人々は、それ以外の人に比べて生と死により近い生活を送っていると感じています。写真は、バンコク中心部からは少し離れた小さな船着場に停まっていた、一人しか乗れない小さな木造の舟です。この舟にはホームレスの女性が住んでいました。いつ沈んでもおかしくない老朽化した小さな舟でしたが、その先端の装飾を含めて私はとても美しいと感じ、撮影させていただきました」。
GENIC vol.72【写真家それぞれのランドスケープ】
Edit:Chikako kawamoto
GENIC vol.72

9月6日発売、GENIC10月号の特集は「Landscapes 私の眺め」。
「風景」を広義に捉えた、ランドスケープ号。自然がつくり出した美しい景色、心をつかまれる地元の情景、都会の景観、いつも視界の中にある暮らしの場面まで。大きな風景も、小さな景色も。すべて「私の眺め」です。