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面接で言わなかったバイトのはなし/ぽんずのみちくさ Vol.21

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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面接で言わなかったバイトのはなし/ぽんずのみちくさ Vol.21

就職活動というものが、とにかく苦手だった。履歴書の自己PR欄も、「私の強みは」で始まる一文も、知らない人の話みたいだと思いながら書いていた。
就活だけが就職する方法じゃない。生きてく方法はいろいろあるはずだ、と今なら思う。だけども当時の私は「苦手なことこそ克服せねばならぬ、立ち向かわねばならぬ」という謎の克己心に燃えており、文字通り毎晩泣きながら履歴書を書いていた。

もっとも苦手な質問の一つが、「学生時代のアルバイトについて教えてください」というものだった。
気の利いた接客なんてできない。バイトリーダーになった経験もない。仲間と高め合ったこともない。皆勤賞?獲ったことない。面接官の望む答えなんて一つも持ってない。
だけど、思い出ならちゃんとある。

ある日大学の先輩から「お寺でバイトを募集しているのだがお前もやらないか」と持ちかけられた。「お寺」と「バイト」という、対局にありそうな言葉がセットになっていることに少々びっくりしつつ、「やります」と即答した。
忘れもしない初出勤は、冬の始めの寒い日だった。私が言うまでもないことだけど、紅葉の季節の京都はとても混む。境内の順路を案内したり、靴を入れるビニール袋を渡したり、せかせか動いていたらあっという間に勤務時間が終わった。その日最後の仕事は、境内の掃除と見回りだった。

さっきまでガヤガヤとしていたお堂の中は、最後のひとりを見送った瞬間、驚くほど静かになった。足袋越しに、冷たい木の感触が伝わってくる。心なしか気温も下がった気がする。呼吸するたび、冷たい空気と一緒にどこか懐かしいようなお香のかおりが入ってくる。
ああ、早く終わらせて、あったかいお風呂に入りたい。そう思っていたはずなのに、気づけばほうきを持つ手を止め見入っていた。
お堂の真ん中に鎮座する、不動明王のその迫力に。

しんとした空間の中で対峙すると、その美しさと気迫に圧倒されてしまった。信仰も持たない、夜の闇も怖くない、そんな現代人の私でさえ「畏怖」という言葉が浮かぶ。かつての人々はどんな思いでこの像を拝んだのだろう。
街角でふとお香の匂いがすると、思い出す。夜も明るい東京の街で、高層ビルの並ぶ雑踏の中で、一瞬だけ、気持ちが静かになる。
「そのバイト経験を通じて、どんなスキルを得ましたか」と面接官に聞かれたところで、納得してもらえるような応答はできない。だけどそれでもいいじゃないか、と今なら言える。誰かを納得させるために生きてるんじゃない。大事な思い出が一つ作れりゃ上出来なんだ。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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