他者への好奇心を満たす旅
2012年 タイ・ナーカーノーイ島。「写真を撮り始めたばかりの頃の気ままな一人旅。同じく一人旅で、船上で一緒に過ごした青年を撮影。当時は今ほど携帯電話を触る習慣もなくてけっこう退屈したけど、そんな気だるくゆったりとした時間が好きでした」。
「10年前くらいから、世界各地で活動する芸術家を訪ねています。旅先は、彼らが住む街にあるアトリエです。僕にとって旅とは、生きる糧。カメラを持って旅をしていたから、今の自分があります。旅に出なかったら、写真を仕事にすることはなかったと思います。旅で大切にしているのは、他者への好奇心。旅を始めたばかりの頃、旅先で出会う人たちに強い興味を持ちました。自分とは異なるものの見方や考え方を知ることで、世界が一気に広く感じたからだと思います。他者を通して世界を知ること、感じることは、旅のモチベーションにつながっています。旅先で僕が撮るのは、自分がそこにいるから見ることのできる光景。ピタゴラスイッチの仕掛けじゃないですが、ひとつひとつの自分の行いが連鎖して開いた扉の向こう側にある景色とか、人の佇まいを捉えた写真です。自分がそこに立っている不思議。縁。偶然。奇跡。それを写したいと思っています」。
【RULE:01】人と関わり合うことを恐れない
「ゲストハウスやドミトリーは、世界中の旅人たちの溜まり場。もともとは出費を抑えるために嫌々泊まっていたけれど、思い返すと忘れ難い友人たちとの出会いがたくさんありました。Airbnbなんかにある、オーナーが暮らしている自宅に泊まることも、また一興です。この街に暮らすってこんな感じなんだと、肌で感じることができる。いずれも宿を共有するのだから、人見知りの自分にとっては煩わしかったり、不快な思いをすることもあるけれど、それを含めて違う価値観に触れることができる。そうして知り合った人たちとは親密な関係性を築ける可能性が高く、彼らを撮影することはとても自然なことで、撮った写真は特別なものになります」。
【RULE:02】頭を空っぽにして歩く
2017年 インド・バーダーミ。「南インドを縦断中に訪れた小さな町で、夕食を取ろうとあてもなく歩いていたら遭遇した光景。予期せぬ風景や人物に出会えるのは、旅の大きな楽しみのひとつ。目の前に広がる夢のような光景を、できるだけ見たままに、だけど壮大さは失わないように奥行きを出したくて、近くに積まれていた藁の山の上に登って撮影」。
「初めて行く場所を初めてと感じるために、ガイドブックやネットで旅先のことをあまり知りすぎないようにしています。今は勝手に情報が流れ込んでくるので、興味を持つ前にお腹いっぱいになってしまうから。それはどう考えても、旅をつまらなくします。せっかくはるばるやって来て、誰かのおすすめをなぞるのは何か違うなと感じてしまいます。宿に荷物を置いたら、何も考えずに街を歩くのが好きです。何もわからない不安定な状態が、解き放たれた自由を感じさせてくれます」。
【RULE:03】写真を撮ることにこだわらない
自分の行いが連鎖して開いた、扉の向こう側にある景色を捉えたい。
2018年 フィンランド・タンペレ。「確か季節は初冬で肌寒かったのですが、サウナで身体を温めて、そのまま湖へドボン。身体だけでなく心も弛緩して、この場にいるみんなが柔らかい表情に。平穏な時間が流れる感じを崩したくなくて、音がほとんどしないレンジファインダーカメラで撮影」。
「僕が好きだなと思う旅の写真は、撮った人の個人的な時間が写り込んでいるもの。その人が写真を撮った前後の経緯なんかを想像しちゃう楽しさがあります。あぁ良い旅をしているなと感じます。僕も旅の間は、できるだけ写真を撮ることだけに縛られないように心がけています。もちろんカメラはいつも持ってはいるけれど、ファインダーを通して見るだけでは見過ごしてしまうものがたくさんあるような気がします。旅に身を任せて、目の前に起こる出来事を素直に驚いたり感動したりしていたいと思います」。
2013年 アメリカ・バークレー。「夕暮れ時、コインランドリーで大きな洗濯機の瞑想的に繰り返す回転音が心地良く、眠ってしまいそうな時間。実際は音がしているのだけど、なぜか音のない世界のように感じる一枚」。
【RULE:04】ストレンジャーであることを楽しむ
2014年 ブラジル・サルヴァドール。「治安が心配だったサルヴァドール。恐る恐る足を運んだビーチは、褐色の人々で埋め尽くされていました。おそらく、アジア人は自分だけ。完全アウェイの状態が逆に気分を盛り上げてくれて、カメラを持って海へ。ハッセルブラッドを逆さに持ち上げて撮影」。
「いくら長い時間を過ごしても、旅先ではどこまで行っても旅人のまま。それが時々寂しく感じたりしますが、その境遇を受け入れることで開き直れたりもします。写真を撮る上では良いことでもあり、辛いことにも感じます。踏み込めない部分がどうしてもあるけれど、だからこそ、見えるものがある。一度限りというドライな感覚で、ライトにカラカラと笑うことができる。それを受け入れて、どんどん出会いと別れを繰り返す中で写真を撮ります。写真では、そんな束の間の時間を永遠に眺めることができます。流れていく時間も悪くないな、と後から思えます」。
2014年 ブラジル・リオデジャネイロ。「長距離バスを乗り継ぎ、ようやくリオに到着。強烈な西陽と、長距離移動を終えた達成感と疲れ。旅人たちがごった返すバスターミナルで、どこか暖かく感じるざわめきが心地良くてシャッターを切りました」。
【RULE:05】旅をプロジェクトと呼んでみる
2013年 アメリカ・ポートランド。「人づてに知り合ったアーティストのスタジオを訪問。いわゆる取材っぽい感じではなく、リラックスしたムードで撮影。シャッターを切るまでの、被写体との関係性の大切さを学びました」。
「旅にひとつのテーマを持たせて目的をはっきりさせると、さまざまな選択を迫られる旅の最中でも平常心でいられます。すべての選択に、意味を感じるようになる。僕の場合は、最初に会いたい人がいて、彼/彼女がいる場所へたどり着くまでの道のりが旅となる。その間に見たもの、出会った人、感情的な浮き沈み、トラブル...あらゆる出来事が、その旅を味わい深いものにしてくれます」。
西山勲
写真家 1977年生まれ、福岡県出身。35歳でグラフィックデザイナーから写真家に転向。約2年間、世界各地で活動する芸術家を訪ねながら取材・撮影・編集を行い、雑誌『Studio Journal Knock』を発行。帰国後は福岡と鎌倉を拠点に活動中。
愛用カメラ:Hasselblad 500C/M、PENTAX 67II
愛用レンズ:Hasselblad Planar C 80mm f2.8、SMC PENTAX 67 90mm F2.8、SMC TAKUMAR 105mm F2.8
GENIC vol.68【フォトグラファー流「旅のMyルール」】
Edit:Satoko Takeda
GENIC vol.68
10月号の特集は「旅と写真と」。まだ見ぬ光景を求めて、新しい出逢いに期待して、私たちは旅に出ます。どんな時も旅することを諦めず、その想いを持ち続けてきました。ふたたび動き出した時計を止めずに、「いつか」という言葉を捨てて。写真は旅する原動力。今すぐカメラを持って、日本へ、世界へ。約2年ぶりの旅写真特集。写真家、表現者たちそれぞれの「旅のフレーム」をたっぷりとお届けします。