プロフィール

百瀬俊哉
写真家 1968年東京生まれ。九州産業大学大学院芸術研究科修了。90年代より写真展や写真集で作品を発表している。九州産業大学芸術学部教授。主な受賞歴に、日本写真協会新人賞(2000年)、第21回土門拳賞(2002年)、福岡県文化賞(2009年、2020年)など。作品は、清里フォトアートミュージアム、東京都写真美術館、九州産業大学美術館に収蔵されている。
展示作品の一部と解説

ブリッツ・ギャラリーは、写真家 百瀬俊哉(1968-)の写真展「Silent-scape(静寂の風景)」を開催します。当ギャラリーでは、2013年に開催して好評だった「Silent Cityscapes」以来の個展です。本展はこの写真展の続編に当たり、最新作も一部含まれます。なお百瀬は、7月にソニーイメージングギャラリーで最新シリーズ「地の理(Chinokotowari)セレニッシマ/ヴェネチア」の個展を開催予定です。ブリッツの展示はそのイントロダクション的な意味合いを持ちます。彼の過去約14年の作品を振り返ることで、ヴェネチアの最新作へと展開していった創作の経緯を垣間見ることができるでしょう。

百瀬の風景写真は、ただ感覚的に世の中に存在する優雅で美しいシーンを探して撮影しているのではありません。彼には、いま宇宙、自然界、また都市のストリートのどこかで、誰も気付かない見たことがないような、心が「はっ、ドキッ」とする、美しく整っている奇跡的な瞬間が出現しているはずだという認識があります。「Silent-scape」シリーズは、そのような日常に出現した宇宙の神秘的なシーンを世界中で発見し、その瞬間を撮影して集める行為なのです。
しかし写真家である以上、どうしても美しい、評価される写真を撮りたいという気持ちが本能的に湧き上がってくるでしょう。一般的な美しい風景写真はグラフィック・デザイン的要素が強くなります。彼は自分をニュートラルな心理状態にして、良い写真を求めるエゴから自由になろうとします。その心理状態に行き着くためには独自のルーティンを持っています。撮影に行く国や地方は特に意識して決めるのではなく、単に行きたいから行くそうです。最初に撮影地が決まっていると、撮影者はどうしてもその地についての様々な情報やバイアスに影響を受けてしまいます。またあえて外国に行くのは、自分が生まれ育った日本だと、無意識のうちに様々な歴史文化や社会的な価値観の影響を受けてしまうからです。彼は意識的に先入観が全くない外国の環境に身を置いて創作しているのです。

そして撮影地に着いたら、市内地図を買って、撮影用の4×5インチサイズの大判カメラを持って、全ての通りをひたすら歩き観察を続けます。それは1日8時間にもおよぶそうです。彼の写真に夕方や夜が多いのは、日没寸前で風景を最も美しく表現できるマジック・アワーを意識的に狙っているというより、ひたすら歩き続けるうちに日が暮れてくるからなのです。外国での撮影なので、時差と疲労により途中で睡魔が襲うこともあるでしょう。このように自らを極限に近い状態に追い込んでの撮影では、湧き上がってくる様々な雑念やエゴは完全に消え去っています。撮影セッションは座禅や瞑想も近いような行為で、彼は宇宙もしくは自然のリズムと一体化し、過去にも未来にも囚われずに真に今という時間を生きて、心が「はっ、ドキッ」とする奇跡的な瞬間の訪れを待つのです。

いま写真は広い意味で現代アートのひとつの表現法になっています。それは風景写真の分野でも同じで、写真家は作品制作した理由をオーディエンスに説明する責任を負います。いわゆる、作品のアイデア、コンセプトの提示で、それが社会でどれだけ共有されるかで市場評価が決まるのです。しかし自然や都市を撮影した写真はアート作品としてのテーマ性を提示するのが非常に難しいカテゴリーです。例えば、いま多くのアーティストが取り組んでいるのが地球環境問題です。21世紀のいま、化石燃料を消費して経済成長を続けていく近代の経済モデルは、それが原因で急激な気候変動や環境破壊を世界的に引き起こし、誰もが持続不可能だと感じています。この作品テーマでは、気候変動が引き起こす最前線の衝撃的な風景やその痕跡などが撮影されています。しかし、この現代社会の現実的テーマは当たり前すぎて、なかなか見る側は作品からリアリティーを感じることができません。
百瀬の「Silent-scape」シリーズでも、この表現が難しいテーマが意識されています。彼は他の写真家と違い、頭で思考するのではなく、自分の内面に向かい心で世界と対峙しこの問題に取り組んでいます。彼は心を落ち着かせて日常にある宇宙の神秘を世界中で探し求めます。そして、まばゆい色彩の一種ミステリアスな静謐な風景を通して、逆説的にそのような美しいシーンが地球環境の変化により失われつつある事実を私たちに訴えているのです。また私たちは本作をきっかけにして、広大な宇宙に思いをはせることができるでしょう。普段は忘れている宇宙の中の小さな自分の存在に気付かされ、忙しい日常生活を送るなかで、思い込みにとらわれている自分を客観視できるのです。「Silent-scape」シリーズは、旅立ちから撮影までの一連の創作行為自体が作品の一部になっています。一見すると外国の美しい都市や風景の写真に見えますが、その背景には私たち人間が宇宙/自然の一部であることをもっと意識して行動しようという深淵な現代社会へのメッセージが込められているのです。

本展では、2011年から2024年までにノルウェー、アルゼンティン、エジプト・カイロ、ツバル、ウズベキスタン、イタリア・ベニス撮影された作品が初公開されます。全作品が本人制作によるピグメント・インクジェット・プリントで、漆喰のシート化技術を応用して開発された表現力豊かなフレスコジクレー・ペーパー(Fresco Giclee paper)が使用されています。

※引用は全て、ブリッツ・ギャラリー プレスリリースより
百瀬俊哉 写真展「“Silent-scape(静寂の風景)” サイレントスケープ」情報
開催日時
2025年5月16日(金)〜7月6日(日) 13:00〜18:00
休廊日:月曜・火曜
作家在廊予定
2025年6月28日(土)、6月29日(日)
※変更となる場合があります。
入場料
無料
会場

ブリッツ・ギャラリー
- 〒153-0061 〒153-0064 東京都目黒区下目黒 6-20-29
- Google Map
行き方・アクセス
<電車>
JR「目黒駅」から、東急バス「目黒消防署」で下車し徒歩で3分
東急東横線「学芸大学駅」から徒歩で15 分