笠井爾示
写真家 1970年生まれ、東京都出身。1996年初個展「Tokyo Dance」を開催。翌年、同名の初作品集「Tokyo Dance」(新潮社/1997)を出版。以降エディトリアル、グラビア写真集を数多く手がけ、また自身の作品集を多数出版。主な作品集に「Danse Double」(フォトプラネット/1997)、「トーキョーダイアリー」(玄光社/2019)、「Stuttgart」(bookshop M/2021)など。
愛用カメラ:FUJIFILM X100V。
相手に自分の意図を押し付けるのではなく、写真に潜ませる
「僕に写真を撮るうえでテーマがあるとしたら、“毎日、日記のように写真を撮ること”。つまり、僕が何を撮るのかではなく、何をするかで写真が決まっていきます。人と会っていれば人の写真が増え、人と会っていなければ人以外の写真が増えます。何をする時でも常にカメラを持ち写真を撮っているから、僕は写真家である、という自負があります。それ以上でもそれ以下でもありません。僕にとって写真を撮ることは、何かを探し、そして何かを発見する、その繰り返しのようなもの。写真は僕の側にあるのではなく、僕と外部の間にあり、僕は写真というフィルターを通じて外部を見ます。と同時に、写真は僕にとっての鏡で、自分を発見する装置でもあります」。
己のエゴと向き合い、貫き、同時に謙虚さを忘れない
「写真家が写真を撮る行為は、目の前の事象や対象をカメラに収め、自分のものとして所有し、公にしていくことです。これは写真家のエゴイスティックな行為に他ならない。写真行為には本質的に撮影者のエゴが常に孕んでいると考えていていますが、そのことを写真家が自覚しているかが最も大切なことだと思います。とりわけ、人を撮る行為にはその自覚が必要です。己のエゴと向き合い、貫き、同時に謙虚さを忘れないことが大切。人物写真で特に気をつけているのは、なるべく僕の意図を相手に押し付けないこと。どんなに綺麗で上手く撮れていても、撮影者の意図が瞬時に、表面的に読み取れてしまう写真は面白くない。もっとも、撮影者の意図がまったくないところには、当然ながら写真は成立しません。だから僕は意図を押し付けるのではなく、写真に潜ませることを心がけています」。
「この4枚は、写真集『Stuttgart』(2021年)にまとめた母の写真。十数年前に一度母から不意に“あなたは写真家なのに、なぜ私を撮らない”と言われたことがあり、そのことがずっと頭にありました。ただ、もし母を撮ることになったら、自ずと母親が抱えている全身リウマチとも向き合わねばならず、そのことで躊躇していました。湿っぽく、重々しい写真にはしたくなかったから。かつて家族全員で住んでいたドイツ・シュツットガルトに家族で旅行に行くことが決まった時、ふとこのタイミングなら母を撮ってもいいかもしれないと直感しました。母はとにかく、よく喋る人。普段は明るくて穏やかですが、時折感情を爆発させることもあります。今回の撮影も普段どおりのやり取りの中で、気ままにファインダーを覗いてシャッターを切りました。今後また家族で旅行に行くようなことがあったら、どの家族もするように、記念写真を撮りたいと思います」。
頭の中で撮りたいと思った瞬間には“既に写真を撮っている”状態が一番いい
「女優で、グラビアタレントの奥山かずささん。以前、週刊誌のグラビア現場でご一緒したのがきっかけで作品を撮るようになりました。仕事が絡んだ事例の場合、一定のラインは安易に越さないという最低限のモラルのため、僕の方から撮影をお願いすることは基本的にありません。なので奥山さんのように、撮られる側の方から『撮りましょう』と打診してくれるのはとても嬉しい」。
濃密で理屈を超えた関係性を共有し、人対人の揺らぎの中で撮りたい
「今回紹介するのは、主に長い年月撮っている人、会えば必ず撮る人、定期的に撮っている人など、僕にとって大切な人たちの写真。人を撮っている時間はとても特別で、かけがえのない瞬間です。特に親しい人や大切な人に関して理想を言えば、頭の中で撮りたいと思った瞬間には既に写真を撮っている状態が一番いい。計算して撮ったものより、偶然や無意識が宿っている方が写真的で、僕は奥深さを感じます。もっとも、言うのは簡単だけど、実際にはこれがとても難しい。毎回そのような理想で撮れるものでもないので、常日頃、少なくとも撮りたいと思ったら迷わず素直にシャッターを切るようにしています」。
「かれこれ10年近く撮っている、葵つかささん。お互い我が強くて真っ直ぐだから、時折ぶつかったり、喧嘩したりでしばらく疎遠になったりするけれど、必ず仲直りします」。
「仕事の写真は別ですが、プライベートの作品で具体的なポーズを依頼することはほとんどありません。ただし、人を撮る場合、動きの中で撮るということはかなり意識的に行っています。被写体が動くことでさまざまな表情や引き出しを発見でき、より魅力的になると考えています。とはいえ“動いてください”と言うだけで被写体が動けるものではないので、僕の方が被写体よりも動いて相手が自然な感覚で動けるようにするなど、撮影中はいい写真を撮ることより、いかに相手に動いてもらうか模索していることの方が多いです。そして、相手の魅力を引き出すには、“あなたの写真を撮りたい”と明確に意思表示することも大切。撮影中に被写体の良い部分を見つけたら、どんどん言葉で相手に伝えます。修正したい部分があっても、否定ではなく、肯定することで導いていくよう心がけています」。
モデルを撮っているか、あるいは人を撮っているかは、ちゃんと写真に写る
「コンテンポラリーダンサーの小暮香帆さん。昨年たまたま公演を観て、彼女のダンスに心底衝撃を受けたのがきっかけ。僕の家は、僕以外の家族はほとんど舞踏家、ダンサーなので、ダンスは身近であるものの逆に距離を置いていた部分があります。なのですが、小暮さんのダンスには魅了され、どうしても写真を撮りたい衝動に駆られました」。
「撮影者と被写体というのは、時と場合によっては、言葉による会話でもなく、肌が触れ合うことでもない、でも互いに何かを感じながらやり取りをする、濃密で理屈を超えた関係性を共有します。便宜上“被写体”とか“モデル”という言葉を使いますが、厳密には僕は相手のことを被写体ともモデルとも思っておらず、“被写体”という言葉自体、あまり好きではありません。相手のことを単にモデルや被写体とみなしている限りは、何かを超える関係性にはなり得ません。撮影する者がモデルを撮っているか、あるいは人を撮っているかは、ちゃんと写真に写ります。無論、人対人である以上、そこには互いの思惑や勘違いもたくさん交錯しているはずですが、それも含めて写真だと僕は思っています。そういった揺らぎの中でこそ、(被写体ではなく)人を撮りたいと思っています」。
「さとりさん。10年以上、彼女の人生の節目には必ず写真を撮っています。大阪へ帰る新幹線に乗るためタクシーで送った際、不意に泣き出した時の一枚。東京の優しい人たちに感極まった嬉し涙だそう。僕が撮る女性の表情には、泣いている写真がいくつも登場します。なぜ彼女らが感情的になっているかはその時どきで違いますが、いずれにしても、僕は今の状況を撮りたいと伝えた上でカメラを向けます。女性の笑顔や色っぽさを撮ることはそう難しくありません。そうではない感情的な表情も写真家としては魅力的であり、撮りたい衝動に駆られます。それを成立させるには、やはり互いの信頼が大切です」。
「里音さん。彼女も10年近く撮っていて、写真集『東京の恋人』(2017年)、『トーキョーダイアリー』(2019年)に数多く登場しています。その『東京の恋人』で郵便ポストの上に腰掛けている写真があって、最近また同じシチュエーションで撮ってみました」。
「2016年に出会った七菜乃さんとの撮影は、2019年に『七菜乃と湖』という写真集にまとめました。それ以降も現在進行形で撮り続けていて、『七菜乃と湖・改訂版』や新たな写真集を出すことを目標にしています」。
「階戸瑠李さんを3年間撮影した写真集『BUTTER』(2019年)のラストカット。他の人と違って、彼女だけもう写真が撮れないことがとても寂しい」。
「しおりさんとは、ここに登場するなかで一番古くからの付き合い。以前は着物モデルだった流れで僕も作品を撮っていましたが、今では僕のマネージャーをしてくれています」。
「近衛りこさん。僕には珍しく、SNSで声を掛けたのがきっかけ。撮ってくれませんか?というDMをもらうことは時々ありますが、僕から連絡するのはそう多くありません。2,3ヶ月に1回のペースで、かれこれ4年ほど撮り続けています」。
「㐂よ乃さん。神楽坂の芸者さんで「きよの」と読みます。神楽坂に一軒だけ行きつけのバーがあり、㐂よ乃さんも常連で、そこで遭遇すると飲みながらよく写真を撮ります。所詮酔っ払い写真ですが、かつて僕の写真はそういうもので溢れていました。昨今そんな機会がめっきり減ったので、僕にとっては貴重な相手です」。
「吉高寧々さん。葵つかささんと同じ事務所で、以前仕事の現場でお会いした時に『私もプライベートで撮ってください』と言われたのがきっかけで、定期的に撮るようになりました。せっかくならと事務所も巻き込み、『寧々密会』というコンセプトで撮影してSNSで展開しています。いずれは写真集にまとめる予定です」。
「兎丸愛美さん。『羊水にみる光』(2020年)という写真集を彼女と出しました。6年間の主にヌードを中心とした作品ですが、同時に作った『うさまるにっき』という部数限定の特典ミニ写真集の中の一枚。ヌード以外も、会えば必ず撮っていたので」。
GENIC vol.65 笠井爾示が切り取る大切な人たち/笠井爾示
Edit:Satoko Takeda
GENIC vol.65
GENIC1月号のテーマは「だから、もっと人を撮る」。
なぜ人を撮るのか?それは、人に心を動かされるから。そばにいる大切な人に、ときどき顔を合わせる馴染みの人に、離れたところに暮らす大好きな人に、出会ったばかりのはじめましての人に。感情が動くから、カメラを向け、シャッターを切る。vol.59以来のポートレート特集、最新版です。