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街と戦争/龍崎翔子のクリップボード Vol.66

龍崎翔子<連載コラム>
HOTEL SHE, 、香林居、HOTEL CAFUNEなど
複数のホテルを運営する
ホテルプロデューサー龍崎翔子が
ホテルの構想へ着地するまでを公開!

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街と戦争/龍崎翔子のクリップボード Vol.66

旅に出るたびに、戦争を思うようになった。

行く先々で、「この街は戦争の被害が少なかったから古い街並みが残っているのか」とか「この街は宗主国の文化の影響を受けているのか」とか、自分が生きている時間と地続きになっている過去の侵略と闘争の歴史に思いを馳せるようになった。

広島市内を旅した時は、見渡す限り新しい建物ばかりが建っていることに否が応でも気付かされた。街に残るわずかな古い建築や老樹を手掛かりに、昔の街並みや人々の姿を想像してみることくらいしかできなかった。広島を語る時、どうしたって原爆の話は避けては通れなくてひとつの街が抱えるにはあまりにも重すぎる出来事の存在によって、それがなかった時の広島の光景や人々の気質がなんだかピントがぼけた写真のように輪郭が定まらなくなってしまっているようにすら感じられた。建築が根こそぎ破壊されると、都市の記憶や文化はこうも薄まり、街のアイデンティティも次第に変容してしまうのかと、身につまされる思いがした。

高知を旅した時も、似たようなことを思った。地図で高知県を見てみると、海岸線がまるで鎌で刈り取られたように大きな弧を描いているが、これは度重なる津波の痕跡なのだと地元の人に教えてもらった。高知では、街がまるごと津波に流される歴史を繰り返し続けているから、古い建物はほとんど残っていないし、家財道具も散逸してしまうから地域の伝統工芸品などもあまりないのだ、とその人は嘆いていた。失われることを前提に暮らしが組み立てられるから、文化芸術が発展しづらい。唯一、そこから生まれたのが、浸水しても流されてないほどに重たい大きなお皿に全ての料理を盛り付けてもてなす皿鉢料理の文化なのだ、と。たしかに、高知の沿岸部を西に走り抜ける車窓から見えた街の風景は、日本中どこにでもあるような建売住宅がどこまでも立ち並んでいた。

京都で、祇園祭を見た時はまた少し違うことを思った。あの山鉾は、祭りの期間中、町内会の所有する「会所」と呼ばれる建物と連携され、そこから町内の関係者や観光客が出入りする。なぜそれまで、雑居ビル街の谷間に町家がひっそりと建っていることに気付かなかったのだろうと思うほど、何の変哲もない街並みに同化していたはずの建物が、祭りの期間中だけ提灯の灯りに煌々と照らされ、山鉾と結ばれるのである。
その光景を見かけた時に、京都で暮らし始めて15年目にして初めて、ああ、この街にあるマンションもホテルもオフィスビルも、京都という長い時間軸を生きる街においてはすべては仮初にすぎず、真の街の営みがここにあるのかと気付かされたのである。そしてそんな街の風景が残っていることもまた、「京都では『先の戦争』は応仁の乱を指す」というジョークがあるくらい、戦禍に巻き込まれることが近年は少なかったが故だと感じさせられるのである。

こんなことを意識し始めたのは、とある沖縄出身のフォトグラファーさんの写真集を眺めていて、そこに映る日常の風景に目を奪われたから。何の変哲もない街角に、どことなく違和感が漂っていて、たった一枚の写真だけで、そこ沖縄で撮影したことが滲み出てきているのである。街並みに染み込んでいるアメリカの気配、薄らぎつつも根付いている琉球王国の記憶。それらが混ざり合い、唯一無二のテロワールとなって街に溶け込んでいく。

思い返せば、フランスと中国の文化様式がベトナムの原風景に時折顔を覗かせるホーチミンの街並みも、ソ連時代の共産主義圏の空気を色濃く残すヘルシンキの辺縁部の集合住宅も、私がその土地らしくて素敵だと感じていた空気感はたいてい、侵略の歴史からもたらされた文化・習俗が地域の土壌となっていった経緯があると言えるのかもしれない。

街を歩けば、戦争の気配が顔を出す。あらゆる土地の歴史は、侵略や支配から切っても切り離せない。そしてそれらは文化を耕し豊かにすることもあり、破壊することもある。その結果として生まれる土地の独自性が、やがて観光資源となる。それらを種に飯を食っているのが観光業であり、社会が平和であることに依存する平和産業であるということが私にはなんだか皮肉に思えてならない。
これもまた観光業の孕む原罪なのだろうなと割り切り、血塗られた歴史を抱きしめ、そこに生きる人々の営みを愛しながら土地のテロワールを嗅ぎ取っていきたい。

プロフィール

龍崎翔子

龍崎翔子/SUISEI, inc.(旧:株L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.)代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー
1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。
2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。
また、2020年9月に一般社団法人Intellectual Inovationsと共同で、次世代観光人材育成のためのtourism academy "SOMEWHERE"を設立し、オンライン講義を開始。2021年に「香林居」、2022年に「HOTEL CAFUNE」開業。

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