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【写真家が旅する理由:1】在本 彌生

なぜ旅をし、そして写真を撮るのか──。
旅と密接にかかわり生きる4名のフォトグラファーに、旅する理由を伺いました。
第1回は、世界を飛び回り、好きを見つける写真家、在本 彌生さんです。

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CONSTANTLY wander "移動"という習慣

旅は日常の延長。ずっと移動しながら生きてきた

「予想をはるかに上回る大雪のスウェーデンの首都・ストックホルムにて。滑り止めのまかれた路上にバナナの皮が投げ捨てられていた」。

「台風一過の奄美大島、満月の輝く夜に芭蕉の群生地で。月の光で"1"と描いた」。

外の世界に対する強い興味。旅の中に暮らしがある

「父は船会社を営んでおり、幼少期は日本各地の造船所によく連れられて行っていました。乗り物や外の世界にすごく興味があって、中学三年生のときに、卒業記念に父からもらった東海汽船のチケットを使って小笠原諸島・父島に行ったのが初めての一人旅。大学卒業後は客室乗務員として航空会社に勤め、写真家として独立し、そしてパンデミックになるまでのおよそ28年間、3週間と家にいたことはなかったと思います。旅と密接にかかわってきたというよりも、旅の中に生活があるといったほうが近い暮らしでした。写真をはじめる前も、写真家になってからも目線は普通の人と変わらなくて、目的地を明確に、なにか強いテーマを持ってそれだけを撮ることをあまりしません。むしろ好きなのは移動中に偶然出会う、なんかちょっと面白い、笑える光景。帰宅途中に偶然見た、誰も乗っていないのに揺れている公園のブランコとかにグッときます。結局それって、日常の中で起きていることなんですよね。私の隣の部屋で起きているのか、遠い国で起きているのかの違いでしかなく、ただ言えるのは、移動すればするほど、そういうこととの遭遇率が上がっていく。私にとって旅は日常の延長なんです」。

"書を捨てよ、町へ出よう"じゃないけれど──

「イタリア・ローマの下町、テスタッチョの夕暮れ。豪雨の後の夕焼けが、飾り気ない街角を彩っていた」。

「ローマの安宿は線路のすぐ脇にある。列車が通るたびに轟音に襲われるので、枕元に耳栓が備え付けられていた。ブラッドオレンジと同じ色の耳栓」。

「奄美大島の南端から船でアクセスする加計呂麻島でのイザリ漁、捕まえた水字貝が手のように見えてきた。夜の闇の中で海を探る楽しい漁」。

「フィンランドのペッリンゲ群島にて。外は豪雪、コテージの部屋で料理。芋とビーツをローストする。心臓の形をしたビーツに火が通ったか確認するため串を刺すと、赤いジュースがにじみ出た」。

世界はすごい勢いで変わっている。これからをどうするか

「馬に乗って旅をしたいと思って、ある程度自分の予算内でできるという理由からキルギスに行ったことがありました。東と西の交差点みたいな土地なだけに、混血が際立ち、東洋人顔の人もいれば金髪に青い瞳のスラブ系の人もいる。写真を撮る側としてとても刺激的な場所でした。いつも思うけれど、どこに行ったら魅力があるものに出会えるのかというのは、本当に未知数。でもそれこそ、"書を捨てよ、町へ出よう"じゃないけれど、散歩をしているだけでも面白いことには出会えるはずで、それを深めていったのが旅なのだと思います。いまは、頻繁に海外に行く生活が戻ってきました。自粛明けのタイはまるでお祭り騒ぎをしているかのように人々が元気でした。ヨーロッパは昨年おそろしい程の物価高を経験していますが、ウクライナ危機があり、ある意味で生きることに懸命でエネルギーがあふれていた。世界はすごい勢いで変化していて、変わらないことに安定を感じていたイタリアでさえ、電子化の波や街の変容が目覚ましいほどです。それらを目の当たりにすると、日本は経済も落ち込んだままで、世界での立ち位置は確実に変わってきていることを実感します。個人レベルではどうにもならない心細さのようなものを抱えながら、この状況と共存し、煌めくものへの希望を失わずに進むにはどうしたらよいか、いまはそんなことを考えています」。

在本 彌生

写真家 1970年生まれ、東京都出身。大学卒業後、1992年アリタリア航空に入社。客室乗務員として働く中、搭乗客の勧めにより写真を撮り始める。2003年初個展。2006年、旅先で撮影した作品をまとめた自身初の写真集を出版後、アリタリア航空を退職。以来、世界をまたにかけ撮影を続け、雑誌や広告などで活躍している。『MAGICAL TRANSIT DAYS』(アートビートパブリッシャーズ)、『わたしの獣たち』(青幻社)など写真集多数。
愛用カメラ:Leica M10-P/SL2-S/Q2、HasselBlad 500C/M
愛用レンズ:SUMMICRON-M 50mm F/2、Elmarit-M 90mm F2.8、Summilux-M 35mm/1.4、Planar CF 80mm F2.8

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GENIC vol.68【写真家が旅する理由】
Edit:Chikako Kawamoto

GENIC vol.68

10月号の特集は「旅と写真と」。 まだ見ぬ光景を求めて、新しい出逢いに期待して、私たちは旅に出ます。どんな時も旅することを諦めず、その想いを持ち続けてきました。ふたたび動き出した時計を止めずに、「いつか」という言葉を捨てて。写真は旅する原動力。今すぐカメラを持って、日本へ、世界へ。約2年ぶりの旅写真特集。写真家、表現者たちそれぞれの「旅のフレーム」をたっぷりとお届けします。

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