向後真孝
写真家 1992年生まれ、千葉県出身。2019年独立。ポートレートを得意とし、主に雑誌や書籍、CDジャケット、映画ポスターを手がける。私作品に「山とヒト」「月草」「我喜欢吃」。現在は5月にTOKYO DANCE.(都立大学)にて開催する作品個展に向けて「水」をテーマに制作中。8月にはSkool(駒沢)にて作品合同展を開催予定。
愛用カメラ:Canon EOS-1N、PENTAX 67
愛用レンズ:Carl Zeiss Distagon T*35mm F1.4
我喜欢吃
人を動かす源である“食”と向き合い写真と関連づけた試み「我喜欢吃」
2022年初秋、満月の夜。「食べながら走るとうまく飲み込めないことがわかった。思うままに楽しく」。
2022年晩夏。「裸足で芝生を歩き、動物のように食べた。猫のようだった」。
人が日常で抱く感覚は、生命のルーツや進化の過程と密接な関係があることに着目し、写真を通して、さまざまな試みを行っている向後さん。「『月草』という作品を制作する中で、文化人類学や細胞の勉強を始め、改めて自分の体の構造や遺伝子の未知数に感銘を受けました。それらを動かす源は”食”にある。そこから写真と関連付けた試みが始まりました。2022年1月のことです」。
食べる姿は野性的。魅力的で、怖くもある、そんな人間本来の姿に惹かれる
2023年冬。「バナナを横っ腹から食べた。皮は不味いが食べられる」。
2022年晩夏。「草木の茂みで食べる姿は夏休みの子どものようだった」。
作品名を中国語で「私は食べるのが好き」を意味する『我喜欢吃』と名付けたのは、「わかりやすくて素直な言葉だから。中国語なのは、食べることの漠然としたイメージが中華料理だったので。おそらく少年時代に観た『ドラゴンボール』の悟空がひたすら食べまくるシーンに影響されています。老若貧富に関わらず、食べる姿は野性的です。人間が体内に宿す動物的な一面は魅力的でもあり、時に少し怖かったり、綺麗でなかったりする。そこに惹かれるのは、人間の在るべき姿だからなのかなと思います。自分の体は食べたもので作られるという当たり前のことを、都市生活の中で我々は忘れがちです。本来生物はその日を食べて生きることで精一杯。食べられないことは死を意味します。毎日ご飯が食べられることほど幸せなことはない、そんな気持ちで粛々と撮っています」。
“いいな”と思う気持ちは細胞や遺伝子の記憶がもたらす共鳴
カメラを意識していない瞬間、撮りたい衝動に駆られる
2022年春の都内ビル屋上で。「中判カメラの巻きが甘くて重なってしまったが、気に入っている1枚。『我喜欢吃』初撮影」。
「”いいな”と思う気持ちは細胞や遺伝子の記憶がもたらす共鳴だと考えています。ポジティブな感情が生まれるのは、体を作る細胞由来なのでは、という仮説からです。そもそも撮ることを楽しいと感じた時点で、自分の意思を超えた何かに撮らされているのかも、と思うことも。山が好きでよく登るのですが、風景に心が動くことも多々あり、カメラを意識していない瞬間、撮りたい衝動に駆られます。そんな時に後悔したくないので、何かしらのカメラは持ち歩いていますが、今いい!と思って、急いでポケットからカメラを出しても、構えた時にはもう遅い。でも逃したとわかっていても撮る。僕が写真を撮るのは、ワクワクするからなんだと思います」。
2022年晩秋の夜、多摩川で。「とにかく走った。体は、別なことを同時にするということが得意ではない」。
2023年冬の多摩川河川敷。「綺麗と汚いの基準が曖昧になった」。
生物にとって食べられないことは死を意味する。毎日ご飯が食べられることほど幸せなことはない。その気持ちを胸に粛々と撮っている
「写真の魅力は、押せば撮れる単純さだと思っています。単純であるが故に、精神性や過程が肝になる。1年前、『我喜欢吃』を撮り始めて、なぜこの作品に取り組むのかをいまだに考え続けていますが、毎回撮影に協力してくれる方と食や生活について話をし、一緒に考える。明確な答えがあるわけではありませんが、なぜ撮るのか、なぜ食べるのか、考えるきっかけをくれます。自分にとって写真は一方的な発信ではなく、一緒に禅問答するための媒体のようなもの。写真を見てくれる人の1%でも、何か感じてくれたらうれしいです」。
俳優・細川岳さんを被写体に、初めて『我喜欢吃』の撮影をした時の1枚。「貪り食う。この頃は今よりも、何もわかっていなかった。最初の撮影が彼とで良かった」。
2022年初秋の多摩川河川敷。「ビルと川の間で食べた。流れる川と果汁」。
GENIC vol.66【気がつけば、追いかけて】
Edit:Yuka Eguchi
GENIC vol.66
GENIC4月号のテーマは「撮らずにはいられない」。
撮らずにはいられないものがある。なぜ? 答えはきっと単純。それが好きで好きで好きだから。“好き”という気持ちは、あたたかくて、美しくて、力強い。だからその写真は、誰かのことも前向きにできるパワーを持っています。こぼれる愛を大切に、自分らしい表現を。