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壁一面の本棚を前に感じたこと/ぽんずのみちくさ Vol.59

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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壁一面の本棚を前に感じたこと/ぽんずのみちくさ Vol.59

SNSでよく見かける、壁一面にびっしりと本が並んだ施設。足元から高く伸びた天井まで、「美女と野獣」の図書館さながらに本が詰まっている。規模の大小はあれど、書店やミュージアムなど、全国にいくつかそういった施設があるらしい。

ビジュアルのインパクトに惹かれて、以前、そのうちの一つを訪れてみた。

写真で見る以上に、実物の本棚は圧巻であった。どこを向いても本、本、本。手の届く範囲の本は自由に読んでよくて、まわりを見渡すと、みな思い思いに気になる本のページをめくっている。セレクトされた本たちはどれも魅力的で、興味のあるものばかり。

幸せな気持ちになりそうな光景なのに、なぜだろう。胸がざわざわする。興味のある本がずらりと並んでいるのに、手に取るのになんだか勇気がいる。

不穏なざわざわの理由に気づくまでに、そんなに時間はかからなかった。

読みたい本が、読むべき本が、こんなにもたくさんある。なのに、一生の中で、読める本の量には限りがある。生涯の中で、これらの本をすべて読むことはできない。

頭の中ではわかっていたけれども、目の前にどどん!と形を持って現れた大量の本たちを前に、現実を突きつけられた気がして動揺してしまった。

読むべき本を読まぬまま、時間が過ぎていく。――だって、毎日忙しいから。

ううん、嘘。「時間がない」は嘘。時間はあるのに、砂時計がさらさらと落ちていくあいだ、私はぼんやりとTwitterをスクロールしている。持てる時間をすべて読書に費やしたって読みきれないくらいの本があるというのに、活字を追うことにさえ疲れている。積読本も見て見ぬふり。

このままの生活が続くと、「いつか読もう」のうちの大半を読まないまま、一生が終わってしまうのでは……?

考えているうちに恐ろしくなってきた。無断転載と思しきパンダの癒し動画をぼうっと眺めている場合ではない。何か変えねば。

そういうわけで、iPhoneのスクリーンタイムという機能を使い、Twitterの使用に時間制限をかけることにした。スマホのロックとは別のパスコードを設定し、一定時間が過ぎたらアプリが起動できなくなるという仕組み。制限を超えて使用するには、パスコードの入力が必要になる。

始めのうちは自分でパスコードを設定していたものの、ほとんど意味はなく、無意識レベルでロックを解除して何もなかったかのようにTwitterを見続けてしまう。これじゃダメだ。

最終手段として、友人にパスコードを設定してもらった。Twitterは1日30分を超えたら、強制的にアプリはロックされる。急ぎのときはPCからアクセスすればいいし、時間を気にしながら使えば、30分って、意外とたっぷりある。

ぼんやりとスマホに吸わせていた時間を、本に変える。毎日1時間として、365日で365時間。3時間で1冊だとしたら、1年で121冊。来年の私は、今の私より121冊分の何かを知っていたり、感じたり、考えたりしている。

私が触れられるのは、一生をかけたとて、あの巨大な本棚のごく一部かもしれない。それでも、何か変わるに違いない。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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