大好きな五つの音/ぽんずのみちくさ Vol.42

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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大好きな五つの音/ぽんずのみちくさ Vol.42

この世にSNSがあって、どれだけ救われたかわからない。もし世界にSNSがなかったら、私の生きる世界はもっとずっとうんと狭くなっていたに違いない。知らない国へどうやって行ったらいいのかも、キャリアにどんな選択肢があるのかも、学校じゃ教わらなかった。

顔も声も知らない相手の投稿を、まるで長年の友人からの手紙のように心待ちにしたり、ひとまわり年上の友人ができたり、ひとまわり年下の “先輩” に出会えたりする。当たり前のようになっているけど、SNSのおかげでおもしろい日常を私たちは生きている。

だけどもちろん、良いことばかりじゃない。

対面のコミュニケーションではなかなかお目にかかることのないような、剥き出しの悪意を突然ぶつけられて、悲しいよりも先にびっくりすることもある。

ただ、今回書きたかったのは、規模の大きな話じゃなくて、もう少し小さな、というか些細な個人のお話。

SNSをやっていると、自分の「好き」に自信が持てなくなってしまうことが、たびたびある。私たちは、どんなジャンルにも “極めている” 人がいることが可視化された世界に生きている。趣味ごとに専用アカウントを持っている人も多いし、たとえば映画や本、音楽なんかについて「好き」と投稿しようとして、文字を打ち込む指がふっと止まってしまうことがよくある。〇〇も知らずにファンと言えるのか。△△さえ読んでない自分は、失格だろうか。

「好き」というにも勇気がいる。なにか、見えない資格のようなものを持っていないと、語ることを許されないような気がする。

趣味だけじゃない。カメラの最新機種の使い心地を聞かれて「うっ……私が愛用しているのは一世代前なので……ごめんなさい……!」と心の中で謝ったり。いくらやっても上手くなれない自分に嫌気がさしてカメラを放置していた時期もあったから、「何年写真を続けていますか?」と聞かれて、即座に答えられなかったり。

そんなある日のこと、Spotifyのシャッフルで流れてきたあいみょんの曲の一節が耳に残った。まだ売れる前、お金がなくて、夜行バスで東京に通っていたころを歌った曲。

その中にこんな歌詞が出てくる。

“揺れる揺れる箱の中で
ギターかかえてイヤフォンをつけて
涙こらえ聞いていたのは
大好きな五つの音”(「夜行バス」作詞:あいみょん)

彼女が聞いていた「大好きな五つの音」。いったいなんだろう?なにか有名な曲へのオマージュだろうか?

考えだすとどうしても気になってしまう。サビが五音で構成された曲を思い出そうとしたり、五人組のバンドを思い浮かべたり。だけど全然わからない。見当もつかない。困ったときはGoogle先生に聞くしかない。

検索してたどり着いた答えは、「ビートルズ」。

しかしビートルズは四人だ。四人なのに、五つの音?

じつはこの曲を書いたとき、あいみょんはビートルズが「五人」だと勘違いしていたらしい。今は開き直って、もう一つは自分だということにしたそうだ。

それを知ったとき、なんだか気が抜けて、ちょっと笑ってしまった。音楽に興味がない多くの人でさえ、ビートルズが四人であることは知っている。四人が横断歩道を歩いているアビーロード」のジャケットなんて、「世界一有名なCDジャケット」と言われているくらいだし。

天下のあいみょんでも、こういうことがあるんだ。

へへっと笑うあいみょんの顔を勝手に思い浮かべて、なんだそっかぁ、と思う。

「私はこれが好きです」と青い鳥に言わせなくても、別にいいのだ。へんにまじめに、「〇〇くらい知らないと自分は愛が足りないのじゃないか」なんて落ち込まなくても。別に誰かと競ってるわけでもないし。

それからというもの、「私はほんとうにこれが好き、だっけ?」と自問自答して胸がくっと苦しくなったときは、脳内であいみょんを鳴らすことにしている。

大好きな、大好きな。大好きな、五つの音。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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