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写真の道に進んだのは、挫折から
プロフィール
花田智浩
ビジュアルアーティスト 福岡県出身、在住。2016年にベルリン写真専門学校Neue schule für fotografie卒業。生活ルーティンによって引き起こされる思考の停止に疑問を投げかけ、日常生活の中で見過ごされている物事に光を当てることを目的として活動。現在は、サイトスペシフィックな作品を創作することが多く、ストレートフォトグラフィーからコラージュ、グリッチ、ファウンドフォトなど、目的に応じて様々な手法を用い、作品制作を行っている。
「最初はファッションスタイリストになりたいと思い、日本のファッションの専門学校を卒業してからニューヨークに行ったのですが、スタイリストにはかなりの語学力が必要で。あまり話すことを求められないデザイナーのアシスタントをやっていました。でもやはりスタイリストとしてやりたいと思い、イギリスへ。ロンドンでは、自分で企画を作って雑誌社に売り込むスタイルなんですね。なので、ロンドンでスタイリストとしての活動を開始しました。ただやっていくうちに、企画やスタイリングって、練れば練るほど自分のコンセプトが伝わらりづらくなるんだということがわかってきて…。ちょうどその頃ロベール・ドアノーというフランスの写真家の作品に感銘を受け、彼のような世界観を僕はファッションで表現してみたいと思ったのですが、作っても作っても違和感しかないんですよ。それでスタイリストという仕事で何かを成し遂げられる気がしなくなって、いろいろ悩んだ結果、写真の勉強をしようと思い立ち、ドイツに移ってベルリンの写真専門学校に通いました。それが写真の道を歩むことになったきっかけです。“写真家”というと写真そのもので表現するというイメージがあるので、“ビジュアルアーティスト”という肩書きで活動しています」。
挑戦しやすい条件だと感じ、第1回「THE NEW CREATORS」に応募
「THE NEW CREATORSに応募しようと思ったのは、まず撮影機材に制限がなく、カメラの指定がなかったことです(編集部注:THE NEW CREATORSは年齢や経験、撮影機材のメーカーや種類を問わず、スマホもOKのオープン形式)。あと、通常の公募だと作品数が10点以上必要であったり、組写真が条件であったりなど様々な制約が多い中で、このアワードは5点まで応募可能となっていたこと。僕は3点応募し、その中の1点がグランプリをいただいたのですが、そういう応募のしやすさというのが大きかったです。それまで公募を意識はしていたものの応募したことはなくて、ちょうど先輩に勧められていたこともあり、自分の中で挑戦してみたい気持ちがあったのかなと思います。実力試しをしてみたい気分になっていたタイミングで、たまたまFacebookを見ていたときにぱっと目に入って、応募してみようかなといった感じでした」。
アワードに対するソニーの熱い想いを感じた表彰式
「グランプリ受賞を知ったとき、初めは実感があまりなかったです。候補に選ばれているというご連絡は事前に知らされていたので、結果が気になってはいましたが、突然電話がかかってきて受賞を知ったみたいなことではなく、メールで受賞の知らせをいただいて、しみじみ『ああ、よかったー』みたいな(笑)。賞は取りたいと思って取れるものではないですが、取れたらいいなとはもちろん思っていましたので、うれしかったですし、『やったー!』と小さくガッツポーズしてしまう感じはありました。グランプリの大きさは、表彰式の日にやっとちゃんと実感できた感じです。スピーチもあったので緊張もあり頭が真っ白になりかけました(笑)。表彰式に出てよかったなと感じたのは、ソニーさんがこのアワードにかけていらっしゃる情熱にふれられたことですね。受賞者とずっと共創していきたいといったお話をお聞きしながら、この賞でグランプリをいただくことができて本当によかったなと思いました。あと審査員の石川直樹さんとお話をする機会があったのですが、僕の経歴に興味を持ち、展示をするときは知らせてとまで言ってくださって、とてもうれしかったです」。
“特別な体験”ができるソニーならではのユニークな副賞がとても楽しみ
「グランプリは大きな賞金やカメラもいただけますが、ソニーグループ4社が運営するアワードらしい副賞の数々も魅力的です。そのひとつに、『ソニーが支援する世界最大級アワード表彰式ご招待』というものがあり、来年(2026年)4月中旬にロンドンで行われるSony World Photography Awardsの授賞式にご招待いただけることになりました。それをとても楽しみにしています。僕がロンドンに住んでいたのは10年ほど前で、ニューヨークとベルリンにも約3年間ずつ住んでいますが、どこが一番よかったかとよく聞かれるんですね。僕はイギリスが一番よくて、デザインも洗練されていますし、仕事に熱意を持っている人も多いですし。ロンドンは新しいカルチャーやファッションが生まれてきた街で、ぜひまた戻ってみたい場所でしたので、今回こういう形で再訪できるなんて、ちょっと面白いなと思っています。まさかグランプリに選ばれて、ビジュアルアーティストとして戻るなんて、当時は考えてもみなかったことですので(笑)」。
「『カメラ・レンズの機材サポート』という副賞では、2年間、無償でソニー製のカメラやレンズをお貸ししていただけます(編集部注:機材の貸出最長期間は1か月)。カメラもレンズもすごく高価なものですので、2年間無償でお借りできることはとてもありがたいです。望遠でしか撮ることができなかったものを広角で撮ってみることで全然違った見え方になるわけで、写真表現の幅を広げることができるのは、写真家にとってすごく大きなことだと思います。今は、青写真という、太陽光を使った作品を作っています。レンズはあまり関係ないプロジェクトですが、望遠で都市の風景を撮りたいなと考えているところですので、そのときはぜひ活用しようと思っています。
そして、『ソニー・イメージング・プロ・サポート』も2年間無料で受けられます。機材購入や修理、清掃・点検サービスの割引など、撮影活動をサポートしてくれる、すごく手厚いサービスです。
ほかに、ミュージックビデオや映画撮影の見学などもさせていただけるのですが、これもまた可能性を広げてくれるものですよね。写真だから映像だからではなく、どの体験もオープンにされているのも、すごくメリットがあると思います。違いはあるものの、写真と映像はどんどん近くなってきていると僕は思うんです。写真家でもMV撮影を見学すれば、もしかしたら映像の分野に進むきっかけになるかもしれませんし、何かしら自分の作品に影響してくると思います。そういう体験を活かして、今後につなげることができたら一番いいですね」。
受賞をきっかけに目標もでき、モチベーションが上がった
「面白い話ですけど、僕がTHE NEW CREATORSで賞をいただいたことで、みんながちやほやしてくれるようになりました(笑)。しばらく会ってない人たちもSNSでコメントをくれましたし、周りが喜んでくれたことで、僕自身の実感も高まった感じです。副賞でいただいたカメラはまだ使いこなせるところまで行き着いていないのですが、テレビは65型をいただきまして。実はそれまでテレビを持っていなかったので、これを機に映画をよく見るようになったのも変化と言えるかもしれないですね。75型をと言ってくださったのですが、あまりの大きさで我が家の階段を通りませんでした(笑)。
審査してくださった蜷川実花さんと石川直樹さんも数々の賞を受賞されていて、そういう方たちに『ソニーさんの新しい賞を皆さんで育てていってください』とお話しいただいたことも、自分にとって大きなことだったと思います。賞をいただいて終わりではなく、ここからスタートと言いますか。もっと頑張らなくちゃいけない、もっと頑張りたいと、この受賞をきっかけにモチベーションが上がりました。次はSony World Photography Awardsにも応募してみようと考えていて、それが今の一番の目標です。そしてソニーさんが共創していきたいと仰ってくださった通り、今後一緒に何か具体的な取り組みを実現できればいいなと思っています」。
第1回「THE NEW CREATORS」写真作品グランプリ受賞作品:花田智浩『「時間の交差」海岸砂湯』
制作の出発点
「僕は2022年春に清島アパート(大分県別府市にあるアーティストレジデンス)に入居したのですが、毎年、成果発表があり、2023年3月に発表する作品を作るにあたって温泉で何かをしたいという強い想いがありました。まず考えたのはアナログな方法で、温泉水を使って現像してみるということでしたが、案外色が変わらなくて。もう少しわかりやすく温泉を使える方法がないかと思っているときに、『温泉染』の研究に取り組んでいる友人がいて、僕もやってみようと思いたちました。『温泉染』というのは簡単に言うと温泉水と柿渋の成分で色を変化させるという染め方です。そもそも温泉は50年前の雨水が山に染み込んで地下水になり、地熱に温められたものと言われています。雨水が50年の年月を経て温泉になるというのが、僕が別府に行って一番感動したことで。そういう時間の経過を昔の写真や温泉水を使って表現できるのではないかと思ったのが、この作品の始まりです。ただこれは表彰式のときにもお話ししましたが、別府は温泉が有名で、それを作品にするのはすごくベタなのではないかという悩みが出て来たんです。誰でも考えることで、誰もがすでにやってきたことを発信してよいものかと悩み、ひとまずおいておくことにしました。その後、僕は2024年に清島アパートを出たのですが、ちょうどその年、別府市が100周年を迎えたことで、100年前の写真を使って過去と現在を比較する意義を見出すことができ、この作品制作に取り組むことになりました」。
制作プロセス
「この作品はフィルム撮影だと思われることも多いのですが、100年前の絵葉書をベースに使っていて、それに写っている場所で同じように写真を撮って重ねたものです。僕がやっていることはまず場所を探す作業から始まり、見つけたら、そこで絵葉書と同じ角度から写真を撮る。それをフォトショップ上で重ねる。その後に白黒のインクジェットプリントで白い紙にプリントする。そのプリントを『温泉染』するというものです。今回の作品はオレンジっぽく仕上がっていますが、この場所とゆかりのある別府の温泉水を使っています。温泉というのは基本10種類あり、細かく言えば同じ泉質はないので、成分が違うもので染めれば、色ががらりと変わるのが『温泉染』の面白いところです」。
制作の背景
「この作品は別府だからこそ実現したと思っています。というのも当時の別府の温泉地では、絵葉書が今のInstagramみたいな役割を果たしていたらしく、他県よりも絵葉書が豊富にあったからです。旅で訪れた人が絵葉書を購入して、それを地元に帰って人に見せてまわることに宣伝効果があったみたいで。もちろん100年前の絵葉書に写っている場所を見つけるという作業はとても大変なのですが、別府市100周年に際し、絵葉書の歴史に関する本も多数出版されていたので、参考にできたことが大きかったです。そしてゼンリンという地図で有名な会社があるのですが、その会社は1948年に創業して別府の観光地図からスタートしたそうで、住民の名前や街の看板などまで書かれた非常に緻密な住宅地図があるんです。今であれば個人情報の問題になりそうなものですが、それも場所を特定するのにとても役立ちました。制作にあたり、写真や絵葉書を貸していただいたり、『温泉染』を教えていただいたりと、別府の人たちにたくさん助けていただきました。僕ひとりでは成し得なかったと思っています」。
作品に込めた想い
「日々同じ道を歩いていると、植物の成長のような小さな変化に気づかなくなることがあります。生活のルーティンに摩耗されることなく、毎日が違った1日だということを噛み締めて生きる大切さを伝えられたらというのは、ずっとコンセプトとして持っていることです。この作品では“時代の変化”、“時間の経過”を表現したいと強く思っていました。当初50年前の写真と比較してみたのですが実はあまり変化がなく、100年前の写真と比べることですごく変わったことが伝えられたと感じています。100年前の人が今を見たらどう思うのか、逆に今の僕たちが過去を見たらどう思うのか。変わるもの、変わらないものがある中で、都市開発によって永久になくなってしまい後戻りができない変化もありますよね。この作品が過去と現在の気づきになり、未来に向けて今、何ができるか、未来に向かってどう生きるのかを考えるきっかけになればいいなと思っています」。
第2回「THE NEW CREATORS」について
応募要項
年齢や経験(プロフェッショナル・アマチュア)は問いません。撮影機材に制限のないオープン形式で、一眼カメラはもちろん、スマートフォンで撮影された作品も応募可能です。
募集期間
2025年11月18日(火)〜2026年3月16日(月)
部門
<写真作品>
※複数の部門へ応募可能
※1部門5作品まで応募可
・ネイチャー部門
・自由部門
・組写真部門
<映像作品>
※複数の部門へ応募可能
※1部門1作品まで応募可
・イマジネーション部門
・ドキュメンタリー部門
・ショート部門
賞・副賞
<グランプリ>写真作品、映像作品各1名
賞金:100万円
副賞:
・「α7R V」<写真作品>、「FX3」<映像作品>
・カメラ・レンズの機材サポート 2年
・ソニー・イメージング・プロ・サポート 2年無料
・ソニー関連各社ならではの“特別な体験”
優秀賞、入賞、U25賞、佳作、ソニー・ミュージックレーベルズ特別賞、および“特別な体験”の詳細については、「THE NEW CREATORS」公式ページでご確認ください。
審査員
<写真作品>
川島小鳥(写真家)、志賀理江子(写真家)
<映像作品>
大喜多正毅(映像作家)、大友啓史(映画監督)
その他、応募資格や詳細につきましては、「THE NEW CREATORS」公式ページからご確認の上、ご応募ください。