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【TOKYO and ME】塩谷舞コラム「愛する東京カルチャーへ」

「東京は、世界一面白い大都市」と話す、NYを拠点に活躍する塩谷舞が、愛する東京カルチャーへ尊敬の念を込めて綴るスペシャルコラムをお届けします。

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塩谷舞

塩谷舞 文筆家・milieu編集長 1988年生まれ、大阪出身。新卒で東京の制作会社に入社のため上京。3年間の制作ディレクター勤務を経て、2015年からフリーランスに。2017年オピニオンメディアmilieuを立ち上げる。2018年よりNYにも拠点を置き、日本との二拠点生活を開始。コラムを執筆したり、企業のストーリーテラーとして物語作りに関わっている。
愛用カメラ:Google Pixel

❝愛する東京カルチャーへ❞

東京は、その中に住めば世界のどこよりも慌ただしく、必死にバタ足をしなきゃ溺れてしまいそうな場所だ。けれども海外に拠点を置いてから、東京は旅の目的地になった。するとどうだろう。贔屓目抜きに、あんなに面白い街はない。過保護に守りすぎると文化はつまらなくなるけれど、東京でカルチャーを作る人々の姿勢は常にオフェンス。脈々と流れてきた日本文化の流れに身を浸しながらも、ときに塗り替え、ときに壊す。愛する東京カルチャーへの、尊敬の念を込めて綴りたい。

料理とアートは、文化の先頭打者である。コペンハーゲンのレストランNomaが、ニュー・ノルディック・キュイジーヌ(新・北欧料理)として北欧の美食文化を刷新したのであれば、日本のニュー・ジャパニーズ・キュイジーヌは不動前の一軒家の中にある。
昨年末、日本家屋がモダンに改装されたレストラン「Kabi」を訪れた。高級レストランにしては少々大きすぎるほどのBGMが鳴り響き、魚、魚、また魚……とコースが続く。
「コースだからって、肉じゃなくてもいいかなと」当時Kabiで期間限定のコース料理を提供していた腕利きのシェフ、黒田さんがニヤリと笑ってくれる。パスタの時点でまんぷくなのに、無理して脂の乗ったステーキを詰め込まなくてもいい訳だ。
あの手この手で調理されたお魚たちは、舌にも美味しいが、消化にも優しい。ペアリングで出てくるドリンクも、ワインではなく日本茶なのだから、全身の細胞はますます喜び懐いてしまう。
ニューヨークで暮らし、どれだけ欧米にかぶれようと、舌と胃腸ばかりは正直なのだ。この島国で、ご先祖様も食べてきたであろう海の幸や山の幸を、現代の調理法で美味しくいただく。
「僕の実家でとれたみかんです」「友達が作った野菜です」素材の説明は、さながらライブハウスでのバンドメンバーの紹介だ。黒田シェフはその後、日本橋のホテルcavemanのオーナーシェフへ。世界に平和が訪れたら、真っ先に訪れて打ち上げしたい。

❝東京でカルチャーを作る。人々の姿勢は常にオフェンス❞

Kabiのペアリングで出てきたお茶の出どころは、櫻井焙茶研究所。表参道・スパイラルの5階にひっそり佇むティーハウスだ。熱狂的なKabiとは対照的に、異質なほどに静寂。打ち合わせなどを終えて気持ちが高揚しすぎてしまったときは、すぐここに駆け込んでしまう。
注文するのは決まって玉露。一煎目を舌の上で転がした瞬間、興奮していた身体が自らを慈しみはじめてくれる。サウナで「ととのう」人も増えているが、私にとってはこの空間が最高にととのう。
東京で生きていくのに、自分なりの駆け込み寺を持っておくのは良いライフハックなんじゃなかろうか。カウンターの中心に、ただ静かに水が流れる水瓶のようなものが置かれている。飲水でもなく、手を洗う訳でもない。
「どうしてここに水を流しているんですか?」と尋ねてみたところ、「空間の中に水を流して、悪い気を流してるんですよ。水に流す、って言いますしね」と教えてくれた。
僅かな音とともに水が流れ続け、水瓶の中に波紋が広がる。それが灯りに照らされて、天井がゆらゆらとゆらぐ。こうして思い出しているだけで、今すぐ駆け込みたくなってしまう!
この4月から、櫻井焙茶研究所はオンラインショップを開設。家で蝋燭に灯りをともし、玉露を三煎じっくり楽しもう。しかし家の中は家電の音で案外騒がしく、静寂とは言い難い。なかなかあの感動が再現できなくて試行錯誤しているのだが、研究しがいのある趣味になりそうだ。

❝東京の巣ごもりはどこまでポテンシャルが高いのか❞

すました顔してビジネスマンたちが足早に通り過ぎていく日本橋のオフィス街には縁もゆかりもないけれど、そんな中にある「IPPUKU & MATCHA」は、心穏やかな友人の部屋にお邪魔したかのような安心感がある。
オフィスビルの一階で、コーヒースタンドのように営まれている小さなお店。気楽に抹茶ラテやクロワッサンをテイクアウトする人たちの間をすり抜け、お店の壁となっている鏡を押し開けば、しつらえの美しい茶室が登場する。まるで忍者屋敷の隠し扉だ。
4人で予約すれば、すぐに貸し切りに出来てしまう小さな茶室。カウンターに腰掛けて、江戸切子のグラスでいただく抹茶は、粒子がキラキラと輝いて美しい。友人と貸し切るとまるで家のようにリラックスしてしまうのだが、私は店主のゆかさんとお話し時間も大好きで、ついつい長居してしまいそうになる。もしこのお店が家の近所にあったならば、原稿に行き詰まったとか、夫婦喧嘩したとか、毎晩何かしら理由をこじつけ、足繁く通っていたに違いない。
オンラインショップで販売をはじめた抹茶テリーヌは、宇治の希少な手摘み一番茶をかなり贅沢に使ってしまったらしい。冷凍なので全国配送OKと聞き、母の日ギフトとして実家に贈ってみたのだけれど、濃厚な甘味と苦味のバランスに家族一同から大好評。とびきりのレストランで味わうほどのテリーヌが取り寄せられるなんて、日本の巣ごもりはどこまでポテンシャルが高いのか。

❝記憶の中で旅をしよう。世界一面白い大都市、東京❞

神楽坂はどうしてあんなに、ただならぬ風情があるのだろう。工芸の世界に鮮明な言葉を与え続けている「工芸青花」が入る木造建築「一水寮」が建てられたのは昭和26年。火事で燃えても補強され、登録有形文化財とされているらしい。その佇まいたるや、なにか特別な存在が住んでいるように感じられてならない。
おそるおそると二階に上がっていくと、「うつわ松室」という、畳の上にずらりとうつわを並べたうつわ屋がある。一度訪れただけなので詳しいことまでは存じ上げないのだけれども、それでも、うつわを紹介する店主の言葉尻からは、数奇者として生きる高揚感が伝わり、たちまちファンになってしまった。ここで出会った艸田正樹さんのガラスのうつわは、我が家の守り神のように今日も気高くリビングに鎮座している。
あの空間での出来事は、オンラインショッピングじゃあ体験できない。畳の空間に魂のこもった作品が並び、これがいいかな、やあ、それはたまらないですよ、と手ざわりを確かめながら迷ってしまう時間が、あまりにも恋しい。
──このパンデミックが終わりを迎えたそのとき、東京の街は一体どうなってしまうのだろう。いや、嘆き憂うだけじゃなくて、自分に何が出来るのだろう。オンラインショップの画面を穴が空くほど見つめながら、その先の空気を想像する。また旅に出るその日まで、記憶の中で旅をしよう。世界一面白い大都市、東京に焦がれる理由はいくらでもあるのだから。

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GENIC VOL.55【表現者が撮る東京】
Edit:Yuka Higuchi

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