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プロフィール
YUUKI
旅行写真家 1984年生まれ、和歌山県出身。デザイナーとして勤務後、独立。春夏のみのブランド「TADO」を運営するNALALA LLC.のfounder。ブランディングディレクターの他、観光地やホテルのPR用撮影を手掛けるなど、旅行関連の写真家及びジャーナリストとして活動中。
アンデスを歩く10日間
3日目から5日目|標高4,700mにひっそりと佇む「Laguna Janq’u Quta(ヤンク・コタ湖)」
最初に向かったのは「Laguna Janq’u Quta」。歩き始めて間もなく、少し息苦しさを感じた。1歩登るだけのことがこんなに苦しいのかと高山の厳しさを実感する。もちろんチョリータたちの歩幅は一定で、呼吸も乱れない。
Lita が「山は友達。焦らず、山に合わせる」と笑う。
チョリータたちは、この湖へ来ると必ず山の神に捧げ物をして祈りを捧げる。山に入る前の、この静かな儀式は旅のスタートを印象づけた。
“白い湖”を意味する名の通り、朝夕になると光の加減で水面がシルバーのように輝く。
キンと冷え切った山小屋でチームのメンバーと他愛もないことを言い合い、寝袋の中で丸まって過ごす夜は忘れられない思い出の一つとなった。
次の目的地「Tuni Condorini」へ向かう道中、「Huayna Potosi」のビュースポットを通る。火星の砂漠のような平地を抜け、最後のアップでついに標高5,000m(ぴったり!)を体感。ビューポイントへ向かうほんの200m程の登りはまるで永遠に続くかのようで、自分の歩みがまるで亀のように感じた。
6日目、7日目|アンデスの山々に囲まれた小さな町「Tuni Condorini(トゥニ・コンドリニ)」
アイマラの家並みとアルパカの群れが暮らす、「Tuni Condorini」を訪れ、アルパカファームを営む Tuni Andres’ home の家族と過ごした。
村に到着すると迎えてくれたのは、アンデスの空のように明るい笑顔のマリソル。彼女の家族は代々アルパカを育て、その毛を紡ぎ、糸や織物を作ってきた。私たちは手洗いしたばかりのふわふわのアルパカ毛を手に取り、マリソルに糸の紡ぎ方を一から教わる。くるくるとスピンドルを回しながら、重さやテンションを微調整していく作業は、見た目よりずっと繊細。標高4,500mの澄んだ空気の中で、ゆっくりと糸が細く長くのびていく。指先に“強さ”と“しなやかさ”を感じるアイマラの技は、ただの手仕事ではなく、厳しい自然とともに生きる知恵そのものだった。
歩き疲れた足をお茶で温めながら、織物の色や模様がどんな意味を持つかを教わる。窓の外ではアルパカがのんびり草を食べ、遠くでは雪山が沈む夕日でピンク色に染まる。トレッキングの途中で、こんなにも「暮らし」に触れられるのは、この旅ならでは。
8日目から10日目|普段の旅ではなかなか踏み込めない高所「Huayna Potosí(ワイナ・ポトシ)」へ
最後の3日間は標高6,000m峰「Huayna Potosí」を仰ぎながら歩き、Mayaファミリーが経営する山小屋 Refugio “LAS ROCKAS” を目指す。
標高は5,200mへ。標高が上がるにつれ、あたり一面が白い世界へと変わっていく。風は鋭く、息はすぐに上がる。それでも、目の前で氷壁に向かうチョリータたちの背中が、私たちの足を自然と前へ進ませた。
「一歩ずつ、自分のペースで。山は逃げないから」。
その言葉に救われたのは、きっと私だけではないはずだ。
やっとの思いで到着した“LAS ROCKAS”から夕陽に染まる山の稜線を見ながら、温かいスープを囲み、チョリータたちの人生の話を聞いた。滑落の経験、初めて氷壁を登った日の恐怖、女性として山を歩くという選択がどんな意味を持ったか。そのどれもが、単なる「登山」では語りきれないストーリーだった。
夜になると山は驚くほど静かになり、満天の星が広がる。
LAS ROCKASの窓から望むワイナ・ポトシは、毎日違う表情を見せ、“山に挑む”という行為の大きさを改めて感じさせてくれた。
いざ、氷の世界へ── アイスクライミング
旅のハイライトは、ワイナ・ポトシ周辺の氷河エリアでのアイスクライミング。空気は薄く、言葉を一つ発するたびに胸の奥がきゅっと締まる。
チョリータたちはポジェラを揺らしながらクランポン(アイゼン)をつけ、ピッケルを握り、氷壁に一歩、また一歩と進んでいく。その姿は美しく、力強く、格好いい。
AgustinとLitaが、氷河の状態を確認しながらロープを張る。長年、山と生きてきた彼の判断は的確で、動きに迷いがない。その横で、Estrella が私たちのアイスアックスとクランポンをチェックしてくれる。
実際に登ってみると、腕よりも“心”が試される感覚だった。
アイスアックスを刺す位置、クランポンの爪を蹴り込む角度一つ一つが成功と失敗を分ける。
冷たさで指先の感覚が薄れ、標高の高さで呼吸が浅くなる。
それでもロープ越しに聞こえてくるLitaとEstrellaの「Muy bien!(その調子!)」が背中を押してくれた。ロッククライミングとはまた違った楽しさがあり、またやりたい!と思えたのも彼女たちのサポートのおかげだろう。
トレッキング中に氷山との境目に何度か出くわしたのですが、毎回Litaがこの氷山の境目は何kmも向こうのほうだったと、地球温暖化に伴いどんどん氷山部分が縮小しており、氷山がなくなっていくといつかラパスに水が到達しなくなる、と教えてくれた。
文化を “習う” のではなく “ともに過ごす” 旅
今回の旅で特に魅力的だったのは、観光ではなく、文化の中へ“入っていく”ような体験。
・チョリータたちの暮らしや家族の話
・山での経験
・アイマラの食文化
・織物の色や模様に込められた意味
・ボリビア女性たちの社会変化
どれも「語られるストーリーそのもの」が旅の中心になる。
そして私たち参加者はただ聞くだけではなく、 同じ食卓を囲み、同じ山道を歩き、助け合い、同じ氷壁に挑戦する。そこでようやく見えてきたのは、文化は説明されるものではなく、“ともに過ごす時間の中で感じるもの”だということ。
旅を終えて── アンデスと女性たちが教えてくれたこと
ボリビアは、風が強くて、光が鋭くて、標高も高く、気候も厳しい。でも、この地で暮らす人々の笑顔は温かく、手仕事はしなやかで、山は驚くほど優しい。そして何より印象に残ったのは、チョリータたちの姿だ。ポジェラを揺らしながら氷壁を登る彼女たちは、 “自由とは、自分の文化を誇りに思いながら未来へ歩くこと”だと体現していた。
Cholitas Escaladoras Maya Boliviaの女性たちと過ごした数日間は、
「自分のルーツを誇ること」
「文化を手放さずに前へ進むこと」
「女性としての強さは、静かにも堂々と息づくものだ」ということを教えてくれた。
アンデスの冷たい風の中で、息が苦しく、ただ一歩の重さに挫けそうな時、彼女たちの穏やかな励ましと、明るい笑顔が何度も勇気をくれた。
伝統衣装をまとい、氷壁に挑む姿は、これからも多くの女性に勇気を与え続けるだろう。
登山というアクションを通じて、文化的アイデンティティ、女性の力、そして気候変動への問いを可視化する、そんな旅になるだろう。
もしあなたが“旅でしか得られない学び”を探しているなら、今回のようなボリビアの旅は、間違いなくその答えの一つになる。
また必ずここに戻ってきたいと強く思う。
The Thread Caravanがつなぐ、クラフトと旅
今回のボリビア旅を導いたのは、クラフトツーリズム集団 “The Thread Caravan” 。世界の伝統工芸やローカル文化を尊重しながら、旅を通じて学びを共有する活動を続けている。
Caitlin Garcia-Ahern (ケイトリン・ガルシア=アーメド)
アメリカ出身。伝統工芸の継承と、地域の女性たちのエンパワメントを目的に、各地の職人やコミュニティと協働しながらクラフトツーリズムを企画・運営する「The Thread Caravan」を設立。「旅の先に、文化を守る方法がある」という信念のもと、グアテマラ、モロッコ、インド、メキシコなど、世界十数カ国で手仕事にフォーカスした旅を展開。 “旅を通じて文化が循環する仕組みをつくる” という想いのもと、訪れる土地の人々と丁寧に対話しながら、伝統を未来へとつなぐ活動を続けている。
穏やかで柔らかな佇まいと、どの文化にも敬意をもって溶け込む姿勢が魅力だ。
ボリビア旅では、チョリータたちや現地ファミリーとの橋渡し役となり、旅全体に文化理解の“深さ”をもたらした存在。
Caitlinは、手仕事が“特別な体験”ではなく、その土地に住む人々の息づかいそのものだと見つめている。旅人がクラフトを学ぶことで、地域の伝統が未来へと受け継がれ、現地の女性たちが安定した収入を得られる仕組みをつくること、それがThe Thread Caravanの根底にある想いだと語ってくれた。私が洋服のデザインに長年携わってきた中でケイトリンとの出会いもこの旅を更に特別なものにしてくれた。
来年のツアーはこちらから。