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写真家がチョリータの女性登山隊と歩いたボリビア高地。10日間のトレッキングと氷壁へ向かう旅 ー Las Cholitas Escaladoras Maya Bolivia (前編)

南米ボリビアの高地、標高5,000m超の過酷な環境で伝統衣装を身にまとい、登山やアイスクライミングを行う現地のチョリータの登山隊。チョリータとは、アイマラやケチュアといった先住民族の女性たちのこと。社会的に抑圧されることも多かったチョリータだが、近年はその文化と誇りが再評価されている。「チョリータたちと出会い、彼女たちの生き方・文化・自然との向き合い方を“体験”として知ること」、そして「アンデスの白い峰々へと続く“アイスクライミング”を、彼女たちとともに体感すること」を目的に、旅行写真家のYUUKIがアンデスを歩く10日間の旅に参加しました。その記録を前後編でお届けします。
(文章と写真 YUUKI)

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目次

プロフィール

YUUKI

旅行写真家 1984年生まれ、和歌山県出身。デザイナーとして勤務後、独立。春夏のみのブランド「TADO」を運営するNALALA LLC.のfounder。ブランディングディレクターの他、観光地やホテルのPR用撮影を手掛けるなど、旅行関連の写真家及びジャーナリストとして活動中。

Las Cholitas Escaladoras(チョリータ登山隊)とともに歩く

アンデスの高地、強風と氷に覆われた山々。標高5,000m超。その険しい環境の中を、鮮やかな伝統のスカート(ポジェラ)をまとった女性たちが、アイスアックスを手に登っていく。彼女たちは Las Cholitas Escaladoras(チョリータ登山隊)。その姿を辿る 旅は、彼女たちと共に歩き、彼女たちの文化や夢、そして気候変動に向き合う機会を与えてくれた。

チョリータとは── 文化と誇りをまとう女性たち

ボリビアの街を歩くと、丸いボウラーハット、ふんわり広がるポジェラ(スカート)、織物のショールを身にまとう女性たちを多く見かける。
彼女たちはチョリータと呼ばれ、アイマラやケチュアといった先住民族の女性たちだ。
以前は、社会的に抑圧されることも多かったチョリータだが、近年はその文化と誇りが再評価され、レスラー、モデル、アスリートなど、さまざまな分野で活躍する姿が世界的に注目されている。氷壁を登るチョリータたちがその象徴的存在になりつつある。

アンデスに息づく、家族というチーム “Maya Family”

Cholitas Escaladoras Maya Boliviaの「Maya」は「最初」を意味し、その名の通り先駆者精神を持つチョリータ登山隊。
今回の旅では、リーダー格である長女 Lita(リタ)、その母であり登山家としてチームの精神的支柱でもある Dora(ドーラ)、さらに、次女で若い世代を代表する Estrella(エストレージャ) 、Litaの友達のLupeとその息子(初めてHuayana Potosiに登る)が参加。
さらに、山に関するあらゆることに通じ、長年高地ガイドを務める父 Agustin(アグスティン) も私たちをサポートしてくれた。標高や天候の見極め、ルートの判断など、全ての“安全の根”を彼に負っている。
改めてチョリータ登山隊のメンバーを一人つづ紹介しよう。

Lita

Doraの長女。本名は Ana Lía González Magueño。チームの中心メンバーとして知られ、国連WFPの「親善大使(Goodwill Ambassadors)」にも任命されたリーダー的存在だ。山小屋の仕事をしていた母を通じ、幼い頃から高山が生活の一部だったLita。高校に通いながら、朝は山小屋で働き、午後は家族の手伝いをし、やがて登る側へと足を踏み入れた。Litaはアルゼンチンのアコンカグアをはじめ、国内外の山に挑戦し続ける。ボリビアの文化と登山、その二つの誇りを胸に抱き、アンデスで新しい女性像を切り拓く。伝統衣装を通して「女性先住民族が山を登ることは異端ではなく、むしろ自然との深い結びつきの現れ」であるというメッセージを発信している。
冗談好きでお茶目な一面もあり、道中何度も私たちに笑いをくれた。

Dora

母 Dora(Teodora Magueño de González) は、チョリータ登山隊を支えるもう一つの軸だ。彼女も国連WFPの「親善大使(Goodwill Ambassadors)」にも任命されている。長年にわたり高山で料理を作り、観光客や登山者を支えてきた“山の母”。その料理と気遣いに救われた旅人は数えきれない。山小屋で働くチョリータが、やがて自分たちの足で山を登りはじめた歴史は、彼女の存在なしには語れない。母として、ボリビアの文化の継承者として、そしてチームの精神的支柱として、Dora の背中はいつも家族を導いてきた。
60歳の今もなお、私たちよりも軽々と山を登り、アイスクライミングする姿は世の女性の希望である。

Estrella

次女 Estrella。歩みは軽やかで、息遣いは一定。過酷な標高でも焦りを見せず、淡々と歩き続ける姿が印象的で間違いなく家族一番のクライマーだ。彼女は幼い頃から母に同行して山小屋の仕事を見て育った。しかし「家族が働く山を、自分の目で見てみたい」という思いからトレーニングを積み、自然とチームの一員になった。
旅のメンバーの1人がHuayna Potosí(ワイナ・ポトシ)のサミット登頂をすることになり、ガイドとして同行したのも彼女だった。

Agustín

父 Agustínは、高地の村 Zongo(ソンゴ)で育ち、若い頃から山の仕事に関わってきた。ロープの扱い、クランポン(アイゼン)の付け方、荷物のバランス、雪の性質…、彼が家族に教えたものは数えきれない。華やかなポジェラで注目を集めるチョリータたちの後ろには、いつも静かに見守る父 Agustín の姿がある。
彼が娘たちに語る言葉はシンプルだ。「山は強く、でも優しい。大切なのは、敬意を持って向き合うこと」。リタとエストレージャが氷壁へ進むとき、その足取りに宿る落ち着きは彼から受け継いだものと言っていい。

スカートで氷壁を登る理由

印象的だったのは「なぜ伝統衣装で登るのか?」という質問に対する答え。

「これは私たちの誇り。山に挑むたび、祖母や母の存在が背中を押してくれるように感じるの」。

登山やクライミングは男性の仕事とされることが多かったボリビアで、あえて“チョリータとしての姿”で山に挑むことは、アイデンティティそのものを肯定する行為でもある。ふんわりと揺れるポジェラ(スカート)、色鮮やかなショール。氷の世界に立つその姿は、美しさだけでなく、女性としての強さと文化の重なりが生む“圧倒的な存在感”を放っていた。登山という「男性的とされがちな領域」に、ボリビアの文化と共に堂々と参加する彼女たちのリーダーシップは、多くの女性にとっての道しるべとなっている。
サハマ山(Mt. Sajama、Tata Sajama、 6,542m)への登山や、Mama Pachaプロジェクトなどを通じて、「山を守る」「伝統を守る」「女性を守る」を一体化させた活動を実践。彼女たちの存在は、地域社会および国際社会への強いメッセージでもある。

標高4,000mの街から始まる旅── ラパスとエル・アルト

南米ボリビア。首都ラパスは標高約3,600mに位置する“空に最も近い首都”として知られ、眼下には切り立った渓谷と色彩豊かな街並みが広がる。盆地の斜面にびっしりと家が重なる独特の景観は、まるで巨大な地形に街が貼りついたようで、昼夜で表情が大きく変わる。刻々と変化する天候の厳しさも、この土地の雄大さを形づくる大切な要素だ。乾季(5〜10月)は晴天率が高く、街歩きにも山旅にも最適。一方で朝晩は氷点下まで冷え込むこともあり、防寒具が必須だ。

ラパスの見どころといえば、中心部にはコロニアル建築が並び、薬草やお守りが並ぶ「魔女の市場」や「サンフランシスコ寺院」、「国立民俗博物館」などがある。旅行者が半日で歩ける範囲内に見どころが凝縮されている。街を縦横に結ぶ移動手段、「ミ・テレフェリコ(Mi Teleférico)」というロープウェイは車窓ならぬ“空窓”からアンデスの山並みと街並みを一望することができる。近郊には奇岩が作り出す「月の谷(Valle de la Luna)」、さらに国内移動で「ウユニ塩湖」にもアクセスできる。

そのラパスの上に広がるのが、標高約4,150mのエル・アルト。先住民・アイマラの文化が色濃く残り、巨大マーケットやカラフルなチョレット建築が並ぶユニークな街。広大な高原の上に延びる道路、色鮮やかな市場、街角の市ではアルパカ素材の毛糸や織物が並び、女性たちはポジェラを風に揺らせ、堂々と歩く。ボリビアの“いま”と“伝統”が同居する空気に触れられる。

旅行者が空路で入国する際、空港はラパスにあると思われがちだが(実際、飛行行程ではラパス表記)、近郊のエル・アルトにある。富士山級の山々を越えて着陸するのである。到着した時から、高山を体感することになる。半年前から始めたトレーニングの効果もあってか、若干の違和感はあったが、ラパスとエル・アルトでは問題なく過ごすことができた。

このエル・アルトから、アンデスの雪山へ向かい、伝統衣装ポジェラとボウラーハットを身にまとったまま登山とアイスクライミングを行う女性たちLas Cholitas Escaladorasに出会う。

今回参加したボリビア旅のツアーでは、そんな彼女たちとの、文化と自然の交差点に立つ特別な体験が待っていた。

この旅の目的は「チョリータたちと出会い、彼女たちの生き方・文化・自然との向き合い方を“体験”として知ること」。そして、「アンデスの白い峰々へと続く“アイスクライミング”を、彼女たちとともに体感すること」だった。
こうした「人から習い、手を動かし、その背景を知る」時間こそ、今回の旅の醍醐味だ。

アンデスを歩く10日間

山へ出発する前に身体を慣らすためにも、ラパスとエル・アルトでの2日間の滞在が登山計画に組み込まれている。参加メンバーはそれぞれ好きに滞在を前倒しもできる。

私は体調を考慮し1日前入りをした。最初の滞在先は、デザイン好きの心をつかむ、ミニマルでモダンな空間が広がる「MET HOTEL」。清潔感のある白を基調とした客室やセンスの良いインテリアが印象的。ボリビアの伝統文化というより“ラテンアメリカの都会感”に重心を置いたスタイル。館内にはスパ、温水プール、ジムがあり、高地の旅では欠かせない身体のケアにも最適になっている。
このエリアは魔女の市場などがあるメイン観光エリアとは反対のエリアで、新しいレストランやセンスのいい雑貨などを扱うお店が並ぶ。観光・買い物・移動に便利なロケーション。
ホテルにコカの葉が常備されているのもボリビアならではだ。

1日目、2日目|ツアーメンバーと合流し旅がスタート

ツアーメンバーと合流後の滞在先は、MET HOTELと同系列の「ATIX HOTEL」。ラパスの高級住宅街・カラサ地区に建つATIX HOTELは、“ボリビアという国そのものを一棟の建築に閉じ込める”というコンセプトでつくられたデザインホテル。外観にはボリビア産の石材を用い、館内には国内各地のアーティストの写真やアートワークが展示されるなど、滞在そのものが“ボリビアの美”を体験する時間になる。
客室はスタイリッシュで落ち着いた雰囲気。なんといっても、最上階にはガラス張りの屋内プールがあり、ラパスの街並みや山々を眺めながら過ごすリラックスタイムは格別。静けさと洗練さのバランスが魅力の都会型ブティックホテルだ。

8日間のトレッキングを共にする11人のメンバーと合流し、ブリーフィングから旅がスタート。
8日間、完全なオフラインになるのも個人的には初めての体験であり、オフラインの間、助け合い、大切な絆を築くことになるのだ。

今回のツアーの行程には、アウトドアだけではなく、その街のおしゃれなスポット散策なども組み込まれているのが魅力的なポイントである。

ラパスで注目されている2つのレストラン「GUSTU」「Arami」

ラパスで“ボリビア料理の革命”と呼ばれてきた名店「GUSTU」

GUSTU(グストゥ)はケチュア語でフレーバーを意味し、ボリビアの文化、自然、食の伝統に敬意を払ったレストラン。デンマークの名店Nomaの共同創設者Claus Meyer(クラウス・メイヤー)が立ち上げたことで知られ、オープン以来、南米ガストロノミーを語る上で欠かせない存在となっている。
コンセプトは“ボリビアの大地が育む食材を、ボリビアの手で再解釈する”こと。アンデスの高地野菜、アマゾンの果実、アルティプラーノのチーズ、湖の魚、そしてキヌアやコカといった伝統食材まで、国内で採れるものだけを使ったメニューは、旅人にボリビアの“味の多様性”を伝えてくれる。プレゼンテーションはミニマルで美しく、料理は驚くほど軽やか。素材の個性を丁寧に引き出すため、テイスティングコースは季節ごとに入れ替わる。
ラパスのグルメシーンを牽引してきたレストランであり、「食からボリビアを知る」という体験が叶う特別な場所。

アマゾンとアンデスというボリビアの二大生態系を料理でつなぐことを目指す新世代レストラン「Arami」

ラパス南部アチュマニ地区に2024年に誕生した Arami(アラミ)。グアラニー語で「空のかけら」を意味する。創設したのは、女性シェフのMarsia Taha Mohamed(マルシア・タハ・モハメド )と、社会学者でソムリエのAndrea Moscoso Weise(アンドレア・モスコソ・ヴァイゼ)。マルシアはボリビアとスペインで研鑽を積み、スペインやデンマークの名店でも経験を積んだ実力派で、2024年には「Latin America’s Best Female Chef」(Latin America’s 50 Best Restaurants)」に選ばれている。 10年以上にわたりアマゾン地域の食文化を研究してきた彼女の料理は、淡水魚や森の果実などの素材を現代的に昇華し、深い文化的背景を宿す。季節と土地の記憶を語るコースは、ボリビアの豊かな生態系を一皿ごとに体感できる、ラパスで今もっとも注目すべき食体験だ。

ロープウェイでエルアルトの拠点へ

Litaのガイドのもとラパス散策の後は、旅の準備のためにエルアルトにあるCholitas Escaladoras Maya Boliviaの拠点へ向かう。
ロープウェイのミ・テレフェリコでラパスからエルアルトの標高4,150mまで上がると、空気が一気に冷たくなった。谷底のラパスとは対照的に、高地ならではの薄い空気と澄みきった光。ここでは、まるで空に浮いているようにさえ感じる。色彩豊かな伝統衣装、賑やかな青空市場、旅行者にとっては、ラパスとは異なる“ボリビアのリアル”を感じられる場所だ。

家に着くと、Doraがボリビア特有のスナックを作って待っていてくれた。ここで彼女たちが子どもの頃から慣れ親しんだ山の話や、伝統衣装の意味、女性として山に挑む理由などを聞き、数々のトロフィーや活動履歴、Doraが初めて登頂した際に身に着けていたヘルメットなどを見せてもらう。
また翌日からのトレッキングに備えての道具の見直しもしてもらい、準備万端。

旅は、日々ゆっくりと標高を上げながら進む。ただ歩くだけ、その“ただ”のなかで、標高の変化、空気の薄さ、足元の石、チームの声、全部が心に刻まれていった。

写真家がチョリータの女性登山隊と歩いたボリビア高地。10日間のトレッキングと氷壁へ向かう旅 ー Las Cholitas Escaladoras Maya Bolivia (後編)

The Thread Caravanがつなぐ、クラフトと旅

今回のボリビア旅を導いたのは、クラフトツーリズム集団 “The Thread Caravan” 。世界の伝統工芸やローカル文化を尊重しながら、旅を通じて学びを共有する活動を続けている。詳細は後編にて。

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