空白さえも記録に/ぽんずのみちくさ Vol.73
旅をしているあいだ、記録はもっぱらデジタルがメインだった。デジタル一眼レフ、パソコンそしてスマホが三種の神器。なんてったってデジタルは速い。瞬きよりも短い時間で目の前の景色を写真に変えられるし、キーボードを使えば毎日何千字もの日記が書ける。立ったままでも、移動しながらでも、真っ暗な場所でも。次々と起こる出来事を、頭に浮かんだことを、片っ端からデジタルデータに変換していく。
頭の中の記憶は、どんなに頑張ってもさらさらとこぼれ落ちて薄れていくけれど、いったん写真や文字になってしまえばずっと残せる。それらをネットの海に流せば誰かが見てくれたし、本来ならば出会うはずもなかった人と、写真や文章を通じて交流できるのが楽しかった。
しかし、生活のほとんどがマンションの一室で行われるようになってから、何を書けばいいのかわからなくなってしまった。正確に言うと、文字にしたい言葉はあるけれど、どうしたって不安や心配ばかりで、それらはオープンな場所に載せるには憚られるものばかりだった。
以前コラムで紹介した日記アプリは細々と続けていた。誰にも見せることのない、自分のためだけのスペース。しかしそれも、写真を貼るだけの日が多くなっていた。
そんな折、一枚の絵ハガキが届いた。せっかくなら私も手書きでお返事を、と思いペンを手に取る。メモや事務書類の記入以外でペンを持つなんて、いつぶりだろう?たった一枚のハガキを書くのでさえ、指は力むし肩は痛くなるしで、「手書き」という行為から離れていた時間の長さを痛感する。だけど痛み以上に楽しさが勝った。キーボードだとわざわざ打たないような些細なことでも、手書きだと「書いちゃおうかな」という気持ちになるから不思議だ。
そのままの勢いで、真っ白なノートを一冊買った。新年でもなければ月初ですらないが、構わない。半端な日付から始まったそのノートは、私の日記帳になった。
まだ始めて間もないが、少しずつページが埋まっていくのがすでに楽しい。たまに疲れて書けない日もあって、そういう日は、翌日ちょろっと書くようにしている。アプリに空白のページがあれば迷わず削除するけれど、紙の日記帳の空白は、それはそれで立派な記録だなと思える。余裕のなさも忙しさも、れっきとした生活の一部だ。筆圧が強すぎるせいで紙がヨレたり、切り抜きを貼ったところだけページが分厚くなったりするのも、全部「味」だとカウントしている。
文房具について調べ始めて、最近は100円ショップのシールもクオリティが上がっていることを知ったり、かつては海外でしか買えなかった文房具が今やオンラインで買えることがわかったりと、嬉しい発見もあった。
次に旅に出るときは、あちこちで文房具をうんとたくさん買おう。蚤の市で古い切手を買って、老舗の文具店でオリジナルのインクを作って、読めない文字のシールを買おう。いろんな国から集まった色とりどりの紙やインクがノートを彩る日が、きっと来ますように。
片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。