ブルーの絵の具セット/ぽんずのみちくさ Vol.83
我が家の壁は青い。「我が家」といっても賃貸なので、剥がせるタイプの壁紙を上から貼り付けているだけなのだけど。それでも、自分の好きな色で空間を染めると、我が居場所という感じが強まって楽しい。今でこそ、こんなふうに好きな色に囲まれて暮らしているけれど、以前はそうじゃなかった。
小学生のころ、絵の具セットというものがあった。絵の具やパレットがまとめて専用のバッグに入れてある、子供向けの画材セットだ。お絵かきは好きだったし、自分の絵の具なんて初めてで、絵の具セットが手元に届くのを、幼心ながら楽しみにしていた。
学校指定の絵の具セットには、バッグの色が2種類あった。ピンクと、ブルー。私は、自分の好きなブルーを選んだ。黄色いウレタンでできたネームタグはクマの形をしており、私はこの絵の具セットをたいそう気に入った。
「あ、まずかったな」と思ったのは、教室で絵の具セットを広げてからのことだった。クラス中をどれだけ見回しても、ブルーの絵の具セットを選んだ女の子は、私ひとり。女子の列にはピンクの、男子の列にはブルーの絵の具セットが、行儀良く並んでいた。
「なんで男の子ようの絵の具もってるの?」クラスメイトに聞かれるたび、適当な返事をしてその場をやり過ごすしかなかった。「好きな色を選んだだけ、ほっといて」と答える勇気なんてさらさらなかった。いじられたり不思議がられたりするのは、「嫌だ」というよりも「恥ずかしい」に近かった。
数年後、家庭科の授業でナップサックを作る課題が出たとき、またしてもブルーの生地を選んだら、今度は担任の先生に心配された。「それ、男の子用のデザインだけど本当にいいの?」
次はエプロンを作る課題だった。きらきらしたラメ入りの星が散りばめられた生地を選んだら、今度は誰からも何も言われなかった。すこし嘘をついているような気持ちになったけど、誰からもいじられないのは楽だった。
やっぱり青という色が好きかも、と自覚したのは、ずいぶんあとのこと。学校を卒業し、38個の机が並んだ教室だけが世界のすべてではないと気づいてからのことだった。。外壁がすべてショッキングピンクの家もあれば、一面オレンジで塗られた部屋もある。どこかへ行ったり、人と出会ったり、カルチャーショックを受けるたび、知ってる世界が一つずつ広くなる。
色ひとつで肩身の狭い思いをすることもあったけれど、色ひとつで心が解放されることも知った。もう、何色を選ぶかで、まわりの顔色をうかがったりしなくていい。なりたかった大人になれているかというと自信はないけれど、今のところはこれでじゅうぶんだ。
片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。