【撮影と表現のQ&A】高埜志保／Q.物語性を感じる写真の撮り方を教えて

「雪の積もる琵琶湖のほとりで早朝に撮影。右側の余白を多めに確保することで、この世界には2人しか存在していないかのような、静かな非現実感を演出しました。女性が湖へと向かって歩いていく男性を追いかけているように見えるこの写真が撮れたとき、私の頭の中では“あの世にいる大切な人が湖を渡って会いに来たが、夜が明けると同時に帰っていく”という物語が組み立てられていました。実は、この撮影の直前に祖父が亡くなったのですが、撮影の数ヶ月後、この写真を元にとある短編小説を執筆したときに、祖父の死を受け入れて自分なりの形で昇華できたような気がしました」。

「頭の中に思い浮かんだ画を具現化しようと努めていますが、撮り手の意図が伝わりすぎてしまう作品は避けたいので、それが最も投影されやすい“被写体の顔のみ”を撮影しないように心がけています。その代わりに、あえて『被写体の口元だけを写す』、『被写体が見つめる先の景色を写す』などの直接的ではない表現方法を通じて、鑑賞者の想像の余地を広げるように工夫しています。最初から長編の物語をなぞるように撮影するのは、少しハードルが高いかもしません。まずは、物語の中から切り出したひとつのシーンを写真で表現することを目指してみるのが良いかと思います。自分で一から物語を創作することは難しいかもしれませんが、日常で出会った些細な出来事や、取るに足らないと考えていた過去の経験に肉付けして、オリジナルの物語を組み立てていくという方法もあります。また、好きな歌や小説を写真で表現するとしたらどうしたら良いか？と想像を巡らせているうちに、撮りたい画が浮かんでくるかもしれません。その一枚の画を起点にして、数秒後、もしくは数秒前の場面を思い描いているうちに、少しずつ物語が展開していくのではないかと思います。他にも、被写体の方が持っていた小道具から着想を得てイメージを膨らませて撮影したこともあります。これまでに自分が考えてきたこと、表現したいと思っていたことをその場で整理して形にするという感覚は刺激的でとても良い経験になりました。そういった、現場でストーリーを作りながらの撮影を試してみるのも良いかもしれません」。

「“結婚して実家を離れる娘と、その家に残る母親が一緒に過ごす最後の日”という設定で、古民家スタジオで撮影しました。この写真は、娘が小さいころの写真を収めたアルバムを、2人で思い出話に花を咲かせながら眺めているというシーンを切り取ったもの。穏やかな秋の日差しが、残された僅かな時間を惜しむように笑い合う母娘を包み込んでいる様子が切なく、撮っていて涙が出そうになりました」。

「“数年ぶりに都会から実家に帰ってきた女性をイメージして撮影する”ということだけ決めて挑みました。電車が故郷に近づくにつれ、女性は懐かしさに顔をほころばせる反面、左手に力が入っている様子からは不安や緊張も読み取ることができます。コロナ禍でなかなか実家に帰ることができなかった当時の自分の境遇と重なり、思い出深い一枚となりました」。

GENIC vol.67【撮影と表現のQ&A】高埜志保／Q.物語性を感じる写真の撮り方を教えて
Edit：Izumi Hashimoto