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判子のつらなりに生かされて/ぽんずのみちくさ Vol.12

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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判子のつらなりに生かされて/ぽんずのみちくさ Vol.12

新型コロナウイルスの影響で、ワクチンや予防接種の価値を再認識する人が増えているという記事を読んだ。

「予防接種」と聞くと、思い出すことがある。

去年の夏、長旅に出発する前に、何本もの予防接種を打つことにした。試算したところ、総額約6万円。旅行用に貯めてきた費用とはいえ、カメラのレンズが買えるレベルの金額を払うことに抵抗がなかったと言うと嘘になる。数万円払って、痛い思いをする。決して楽しいイベントではない。しかし、背に腹はかえられない。狂犬病、破傷風、黄熱病。海外でかかりうるメジャーな病気を一通りGoogle検索して震え上がったのち、申し込みの電話をかけた。

電話口で、「今までにどの注射を打ってきたか、事前に確認してください」と言われた。生まれた時期によって予防接種の種類が違うため、確認が必要なのだそうだ。

実家に連絡し、子どものころに受けた予防接種の記録をLINEで送ってもらった。母から送られてきたのは、古びた母子手帳にしっかりと押された「接種完了」の判子の写真たちだった。

ずらりと並んだ接種履歴を見て、ふと思った。これ全部、私を死なせないための注射だったんだよな。


私はいわゆる「自己肯定感」の低い人間なので、仕事で失敗したり、思うように動けなかったりすると、すぐに自分の存在が嫌になったり、漠然と申し訳なさのような気持ちを抱いたりする。自分がいることで社会に迷惑をかけてるんじゃないか。自分がいない方が、まわりの人にとって幸せなんじゃないか。一度卑屈モードに入ってしまうと、なかなかネガティブ沼から上がってこられない。

だけど、目の前にずらずら並ぶ注射の履歴は、私が役に立つとか立たないとかそんな理屈を軽々と超えて、「生きること」を無条件に肯定してくれているように思えた。

子どものころは(いや大人になってからも)、予防接種について深く考えたことなんてなかった。その1本の注射の向こうにどれだけの努力があったのか。ある病について解明した人がいて、ワクチンを生み出した人がいて、予防接種があって、それを受ける私がいる。無機質な判子のつらなりが、なんだか応援団のように見えてきて頼もしく思えた。

自分の足だけで立って生きてるわけじゃない、誰かに生かされている。そんなことさえすぐ忘れてしまうから、たまにあの予防接種の履歴のことを思い出すようにしている。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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