レッサーパンダは私かも/ぽんずのみちくさ Vol.86
金曜日の夜。鍋をつつきながら呑気に地上波の「アナと雪の女王」を見ていた。
ちょうどエルサが高らかに「レリゴー」を歌い終えたあたりのこと。スマホの短い振動とともに友人から「これ良さそう」とメッセージが届いた。開くと、来年公開予定の、新作映画の予告編だった。制作はディズニーとピクサー。
半分アナ雪に気をとられたまま再生して、ひっくり返った。たった35秒の動画。なのに、今年一番と言っていいほど驚いた。
予告の内容はシンプルだ。主人公は、中学生と思しき真面目な女の子。真面目で素直な、どこにでもいそうな生徒。しかし時々、巨大なレッサーパンダになってしまう(!)。ぎょっとする周囲の生徒と先生。泣きながら逃げるレッサーパンダ。人間の姿に戻るため、「落ち着け、抑えるのよ」と自分自身をなだめすかすように唱える主人公の姿で予告編は終わる。
私が驚いたのは、主人公が巨大なレッサーパンダという奇想天外な姿に変身してしまうから……ではない。「これは私だ」と思ったからだ。開始数秒で、私の話だ、と思った。
もちろん私はレッサーパンダには変身しない。だけどその代わりに、人にはなかなか言いづらい体質を抱えている(ごく個人的なことなので、詳細を割愛することをお許しいただきたい)。ただ、意思の力や努力ではどうにもできない現象が、自分の中でたびたび起こるのだ。その現象が起きているあいだの自分は、まるで自分が自分でないように思える。「早く収まりますように」と心の中で唱えながら、その時間が終わるのを待つ。予告編のシーンと同じように。
映画の原題は “Turning Red” 。レッサーパンダが英語で「レッドパンダ」と呼ばれることと、おそらくは、主人公の顔が「赤くなる」こと、自分の中の信号が「赤」になることの3つの意味がかけられているのだろう。私と同じように、自分の抱える何かを、人には隠さざるを得ない何かを、巨大なレッサーパンダに見出す人は少なくないはずだ。
自らの中に抱える赤信号が、怪物でもなく、尖った氷でもなく、もふもふのレッサーパンダだと思えたら、どれだけ心が軽くなるだろう(いささかサイズは大きいけれども)。
私が見た予告編はごく短いものだし、本編を見ればまた印象は変わるかもしれない。それでも、ディズニーとピクサーは、きっと知らない世界を見せてくれるに違いない。公開予定は2022年の春。映画館で大きなレッサーパンダと対面できる日が、楽しみで仕方ない。
片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。