移住体験中のぽんず(片渕ゆり)さん
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。
なんで私は東京にいるんだっけ
東京で暮らし始めたのは就職がきっかけで、「どうしても東京に住みたかった」というよりは、「やりたい仕事をしようとしたら、選択肢が東京しかなかった」というほうが正しかった。
東京を悪者にしたいわけじゃない。おもしろそうと思った展示は必ず都内で開催されるし、たった一駅電車に乗るだけで全然個性の異なる街があらわれる。テレビで紹介されるレストランも、インスタで見つけたカフェも、たいていは東京にあって、行こうと思えばその日にすぐ行ける。
ただ、どうしようもなく息苦しさを感じる瞬間があるのも事実だ。
コロナの影響で旅が出来なくなって、去年の春に東京に帰ってきてからというもの、日増しにその気持ちは強くなっていった。
外出が制限される中、東京のメリットを享受できないのに東京に居続ける。割高な家賃も「東京にいることで得られるチャンスに対するお金」だと思って支払っていたけれど、今の私はいったい何のためにこのお金を払っているんだろう?
「GENICの企画で春まで北海道に住んでみませんか」と声をかけられたのは、そんな鬱々としていたタイミングだった。
上川町に、住んでみませんか
住む先は、北海道の上川町。大きな北海道のど真ん中にある、雄大な自然に囲まれた大きな町。
「冬になると犬ぞりも出来るんですよ」
犬ぞり。その言葉にがっちりハートを掴まれてしまった。一面の雪。生い茂る針葉樹。そしてモフモフの賢い犬たち。
北海道を訪れたのは高校の修学旅行の一度きりで、土地勘もなければ友人もいない。けど、お布団の中でぐずぐず泣いているよりは、勇猛果敢で元気なシベリアンハスキー(妄想)に会いに行くほうが楽しい人生を送れるのでは……?
つい先日、デンマークへ移住したイギリス人の体験記を読み終わったばかりだったことも、私の背中を押した。しんしんと雪の降る寒い土地で毛布にくるまってキャンドルを灯して本を読みたい。ヒュッゲな生活、いいじゃないか。
そういうわけで、ほんとうに北海道に住むことになった。
いざ、北海道へ
羽田空港から旭川空港までは約一時間半。翼の向こうに見える景色が、気づいたら水色から白に変わっていた。映画一本すら見終わらないうちに、あっという間についてしまった。
空港の外は、もちろん雪景色。道路も真っ白。
上川町までの移動は車で、役場の方に迎えにきていただいた。道によっては、鹿も出るらしい。雪景色の中に鹿……!ハリポタっぽい!夢があるなと一瞬思ったけれど、鹿がぶつかった車は廃車になることが多いんですよと言われて、はっと我に帰った。
しばらく住むことになる家に到着し、荷解きをして、布団を敷く。今日から私宛の荷物はここに届くし、ここで仕事をするし、掃除もゴミ出しもする。初めて一人暮らしをスタートした十代の頃を思い出して、ちょっと不思議な気持ちになる。人生で、ふたたび「初めての一人暮らし」を体験することがあるなんて。
銀世界での毎日が始まる
お仕事とはいえ、緊急事態宣言下での移動だったので、到着からしばらくは対面の取材を控え、家で一人ひっそりと生活することになった。
観光地へは行けないけれど、お散歩ができれば十分。地元の人からすると当たり前の光景なんだろうけれど、すべてが雪に包まれた街並みというのはもうそれだけで魅力的だ。
雪が音を吸い込むし、寒くて誰も外を歩いてないし、冬の上川町はとても静かだ。湿度が低いからか、晴れた日の空はどこまでも澄んでいる。冬のロシアの空もこんなふうだった気がする。
仕事部屋には大きな窓があって、日中はずっと雪がちらちら舞うのを見ながらキーボードを叩いている。空は広いし、家々の向こうには、白く染まった大きな山が見える。
まったく同じ仕事でも、壁に向かってするのと、雪を見ながらするのとでは気分が全然違う。どんなに文明が進化しても、私という人間は、天気や景色にいとも簡単に気持ちを左右されてしまう。
まだまだ移住ビギナーだし、何か偉そうなことを言えるわけではないけれど、実際に住んでみて思ったことがある。
移住というのは、「選択肢」を思い出させてくれる体験だ。
人生の転機というと真っ先に思い浮かぶのは「結婚・出産・転職」だと思う。だけど、選択肢はそれ「だけ」じゃない。リモートワークが広がりつつある今、「何かを変えたい」と思ったとき、「移住」という選択肢はメジャーになっていくのかもしれない。
私が上川町にいるのは、春が訪れるまでの予定。そのあいだに、これからの生活を変えたいと願う誰かへ、移住という「選択肢」を届けることができたら嬉しいな。そんなことを思っています。