賑やかなひとり旅/ぽんずのみちくさ Vol.26
「ひとり旅が好き」と話すと、「寂しくないんですか」と聞かれることが多々ある。寂しいか否かでいうと、もちろん寂しいときはある。だけど実のところ、「ひとり旅」と「ひとりぼっち」はイコールではないのだ。
ロシアへ行こうと思い立ったのは3年前の冬だった。冬に極寒の地へ行こうとする人は少ないのか、とても安く航空券が買えることがわかったのだ。ウラジオストクであれば、九州の実家へ帰るのと、費用も所要時間もそんなに大きく変わらない。そう思うと、いきなりロシアが近く思えて、ウラジオストクに何があるかもろくに知らないままチケットを買った。
初めてのロシアで驚いたのは、英語がなかなか通じないことだった。宿にチェックインするのにも戸惑い、ドアの鍵の開け方もわからず、ちょっと水を買うだけでもずいぶん手間取ってしまった。
Google翻訳アプリの力を借りながら四苦八苦していたとき、宿の共有ラウンジで出会ったのが、イェーゴロというロシア人の男の子だった。彼は英語を話すので、ロシアに着いてからよくわからなかった色々を尋ねることができた。
「そうだ!」イェーゴロが、良いことを思いついたという顔をする。「今からナターシャと一緒に水族館に行くんだ。ユリもおいで!」
そもそもナターシャって誰だろう。よくわからないまま、その場のノリで水族館へ行くことになった。
ナターシャは英語教師をしている女の子で、同じ宿に泊まっていることがわかった。イェーゴロの恋人かと思いきや、この二人もさっき会ったばっかりらしい。ひとりで気ままにヨーロピアンな街並みを散策するつもりだったのに、気づいたら三人で水族館へ行くことになっている。
冬のロシアの冷たい風の中を、出会ったばかりの三人でえっちらおっちら歩いてゆく。イェーゴロいわく「歩いてすぐ」のバス停までは、20分くらい歩いた。バスに乗ること、さらに数十分。せっかく水族館の近くまで来たというのに、言い出しっぺのイェーゴロが「じつは水族館にそんな興味なかったんだよね」と爽やかに言い放ち、元軍事施設だかなんだかの見学へ行ってしまった。あっさり見放された私とナターシャは、二人でおとなしく水族館へ向かうことにした。ひとり旅は三人旅になり、二人旅になった。
私も彼女も、誘われたから来たのに、言い出しっぺは消えてしまった。呆れながらも二人並んで水槽を眺め、イルカショーならぬトドショーを堪能し、これはこれで楽しかったねと売店のあたたかいカフェオレを飲んだ。
帰りのバスの中では、隣に立っていたデザイナーの男性と話が弾み、三人ともカメラが好きということがわかってお互いの写真を見せあったりした。短い時間、二人旅は三人旅になる。
ひとりで旅してるということは、いつどこで誰とでも合流できるし、すぐに二人にでも、三人にでもなれる。山にでも籠もらないかぎり、ほんとうの「ひとり」になることはなかなかない。私にとってひとり旅というのは、つまるところ、一番賑やかな旅の形態なのである。
ぽんず(片渕ゆり)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。