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「旅だった」と思える日/ぽんずのみちくさ Vol.90

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅と暮らすぽんずが送るコラム

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「旅だった」と思える日/ぽんずのみちくさ Vol.90

一日の終わり、眠りにつく前に「今日は ”旅だった” 」と思える日と、あんまりそうは思えない日がある。「旅だった日」というのは、もう少し丁寧に言うと、「今日は旅らしい一日を過ごせたと思える日」のことだ。

どう感じようと、同じ旅行期間の中の一日であることに変わりないのに、いったい何が違うのだろう。私にとって「旅だった日」というのは、たとえばこんな日のことだ。

ウズベキスタン・サマルカンドの宿で、エマというカナダ人の女の子と仲良くなった。年はいくつか離れていたけれど、二人とも旅が好きで、写真が好きで、SNSを通じてなんとか仕事を見つけながら暮らしている、という共通点もあり、意気投合して一緒にサマルカンドを観光してまわった。

その日の夕方、「宿代を払うための現金が足りない」とエマが言い出した。カードで払おうとしたら、断られてしまったらしい。最寄りのATMまでは、15分ほど歩く必要がある。外は寒いし、一日中歩いて足も疲れている。普段の自分なら「うわ、どんまい。いってらっしゃい」と送り出すだけだろう。なのに、気づけば「一緒行こう」と声をかけていた。

観光スポットの集まった旧市街は夜も賑やかだけど、宿のある新市街は市民の生活の場で、暮れてくると人もまばらになる。寒さを紛らわすために少し早足で、並んで歩きながら、ぽつぽつと話をした。「今までたくさん旅した中で、どの国が好きだった?」と聞いたら、彼女はこんなふうに返事をした。「国が好きっていう考え方、難しいよね」。

「私が好きになるのは、その場所で出会った人とか景色だから、”国” の単位でどこが一番なのかは決められない」

そっか、そうだよね。同じ質問を自分がされたとき、毎回答えに困ってしまうことを思い出した。そのあとは、どこが一番だったかではなく、どこの場所でどんな思い出があるかの話をした。

無事ATMで現金をゲットした頃にはもう、とっくに日は暮れていた。夕ご飯は、宿の近くのピザ屋で適当なピザを買った。

日中に有名な観光地を一緒にまわった時間ももちろん楽しかったし、評判のレストランで食べたプロフ(ウズベキスタンの名物料理)も美味しかった。写真に残っているのは、明るい日差しのもとでポーズを決めてはしゃいでいる私たちだ。だけどどうしてか、「あれはまさしく旅だったな」と思い返すのは、写真も動画も残っていない、ATMへの寒い散歩道のことだったりする。

私にとって「旅だった」と思える時間は、ひとさじの想定外の中に存在するのかもしれない。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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