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野生と美食/龍崎翔子のクリップボード Vol.67

龍崎翔子<連載コラム>
HOTEL SHE, 、香林居、HOTEL CAFUNEなど
複数のホテルを運営する
ホテルプロデューサー龍崎翔子が
ホテルの構想へ着地するまでを公開!

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野生と美食/龍崎翔子のクリップボード Vol.67

表立っての活動は控えているが、実はかねてより水面下でfoodieの端くれとして東奔西走している。

東に隠れ家レストランがあると聞けば馳せ参じて仔羊の脳を食べ、西に火星の食事をテーマにしたイノベーション料理のPOPUPがあると聞けば駆けつけて3Dプリントされたマグロの刺身を賞味する。(そして、そんな豪勢な食事にありつけない日は、セブンイレブンのサラダチキンとサイゼリヤの小エビのサラダで生命をつなぐ。)

色とりどりの食材が美しく盛られた器が、早口でまくしたてられる蘊蓄とともにうやうやしくテーブルにサーブされ、慌ててメモを取り写真を撮ってからそっと味わう瞬間。口の中に広がる景色と鼻を抜ける香りに思わず目を閉じる。閉眼。ペアリングされたアルコールを流し込んだら、そこはまさに天国。昇天。

鼻息を荒くしながら美味い飯を食い、しこたま酒を飲み、愉快に喋り倒す。これ以上の幸せな食事があろうか、と思っていた。

そんなある晩訪れたのは、神楽坂にある一軒の料理屋だった。今はもうないその店は、「縄文料理」という看板を掲げていた。その名に違わず、縄文時代に食べられていたであろうものを食べさせてくれる店。店主自らろくろで成形した素焼きの土器で、野菜と豆を炊く。味付けは、塩のみ。ソースもなければ、調味料も、付け合わせも、飾り付けのエディブルフラワーもない。素材にまつわるヒストリーや趣向を凝らした調理法の説明もない。ただストイックに、丁寧に火入れされた野菜だけがある。

これを美味しいと思うかどうかは、正直受け手次第だろう。でも私はこの素朴な一皿に並々ならぬ衝撃を受けた。土と水と火、そして食材。たったそれだけで心が震える、野生の味。それ以上でもそれ以下でもない、ただそこにある生命の味だった。

京都の木屋町の路地を抜けた先にあるバーでは、お酒にはおよそ似つかわしくない食材で作られたカクテルが次から次へと供された。牡蠣、ラム肉、鯵、ビーツ、マッシュルーム...。ただでさえ一見するとフルコースの中の一品かと思うようなお品書きの文字が躍る中で、『古木、香炉灰』と書かれた一節をみつけ、私と同行者は思わず顔を見合わせた。古木も、香炉灰も、私のこれまでの人生の中で人が食べるものだと認識してこなかった物質だった。

「骨董市で買い付けた古家具の箪笥をノミで削って出てきた削りカスから香りを抽出してます」と、腕にびっちりと刺青を入れたマスターが事も無げに言って、私たちは再び豆鉄砲を食らった鳩のように目を白黒させながらカクテルを口にした。

この謎めいたかぐわしい液体を口に含んだ途端、古いお寺の広々としたお堂の景色が唐突に、そして鮮明に脳裏に現れた。揺れる木々、薫香を放つ煙、ギシギシと軋む床、少し前を歩く僧侶、身体を震わせる鐘の残響。たった一口で、未知の心象世界への旅路に私たちを連れ出していく、そんなカクテルだった。

京都の北、綾部の農村にあるレストランは、風の吹き抜ける杉林の中にあった。残暑の陽射しの中で汗を滲ませながら辿り着いた後、無骨なツリーハウスのような中空のテーブル席に通されてひととおり涼んだのち、よれよれのTシャツを着たシェフに案内されたのは厨房の裏の庭だった。

プラスチックのカゴの中に、鶏が一羽入っていた。この鶏が私たちの夕餉だった。シェフは鶏を愛おしそうに掴んでから、鶏の首を小さなナイフで掻き切るように私たちに言った。
先ほどまで小屋でのんびり余生を過ごしていたであろう雌鶏は、事態が飲み込めず暴れていたが、刃物を向けられると、諦観したように脱力した。

唐突に訪れた死の気配におののいた私は、なるべく人影の向こうに隠れて、息を潜めて行為の一部始終を片眼で眺めていた。先ほどまで愛らしい姿だった鶏が首から血を吹き流し、羽をむしり取られ、スーパーの精肉コーナーで見慣れたいつもの丸鶏の姿になるまで、10分もかからなかった。

鶏があまりにも可哀想で、なんと残酷なことをするのだろう、恐ろしい人だと神妙な顔でシェフを逆恨みする思いと裏腹に、次々とテーブルに中華料理が並び始めた途端、先ほどの思いはどこへやら、瑞々しい鶏肉や香り高い鶏油に舌鼓を打ち、ご機嫌にたらふく食べ飲みする自分があまりにも滑稽で、なんだか思わず笑えてきてしまった。

この世の中で、私たちは生きるために生命を消費する。美食のためにも消費する。作り込まれた美食すら飽き足らず、野生をも消費しようとする。それはあまりにも軽薄で、浅ましいことのようにすら思われる。でも時に思うのである。人間だって所詮動物にすぎないのだ、と。強欲の限りに、生命を食べたい。

プロフィール

龍崎翔子

龍崎翔子/SUISEI, inc.(旧:株L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.)代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー
1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。
2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。
また、2020年9月に一般社団法人Intellectual Inovationsと共同で、次世代観光人材育成のためのtourism academy "SOMEWHERE"を設立し、オンライン講義を開始。2021年に「香林居」、2022年に「HOTEL CAFUNE」開業。

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