自分の「適正」に合う景色/ぽんずのみちくさ Vol.53
「好き」とか「嫌い」とはまた別に、人には適性ってものがある。そしてそれはどうやら、「景色」にも当てはまるらしい。
地方育ちの私にとって、思春期のころの憧れといえば都会的な風景だった。お台場の人工的な海や、一晩中明るいままのビル。大人になったらこんなところに住むんだと思っていた。
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しかしどうやら私は、「山のある景色」が性に合っているらしい。
山の見える町に滞在していると、不思議と心が落ち着くのだ。山があると、景色に区切りができる。隣町が、物理的に見えなくなる。一蘭のカウンターのついたてのように、山は空間に仕切りを作ってくれる。山のある景色の心地良さは、小中学生時代、席替えですみっこの席を引き当てたときの安心感にも似ている。
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九州にある地元の町も、学生時代に住んでいた京都も、山に囲まれていた。その後に住んだ埼玉の平野にある社員寮は、どうも落ち着かなかった。6階のベランダから見渡すと、どこまでも住宅街が広がる。点のように見える家々のその一つひとつに人間が住んでいて生活を営んでいることを思うと、その途方もなさにめまいがした。
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山があると、「今日、何しよう?」と思ったとき、山に囲まれた範囲のことに集中できる。反対に、東京には区切りがない。縦横無尽に走る鉄道で、どこでも繋がっている。どこまでも区切りのない東京にはいつだって無数の選択肢があって、それは私の手で数えられる限度を超えている。
大前提として、選択肢があることは、良いことだ。それはわかっている。だけど自分が何を選び取りたいのかわからないとき、膨大な選択肢を前にすると、人は迷子になってしまう。まるで、お腹の空かないまま挑むデザートビュッフェのよう。本当に食べたかったのかどうかもかわからないまま、消化しやすそうなプリンを手に取る。そんなふうに、惰性で休日の過ごし方を選びとることも少なくない。
山に囲まれた範囲の選択肢を、じっくり吟味して、今日の過ごし方を決める。そんな一日を過ごすと、なんだか気持ちが回復するのだ。
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北海道・上川町に住んでみて、山のある景色の良さがほかにもあることに気がついた。
山は、かっこいい。これは人生で初めて覚えた感情だった。上川町の山は、毎日新鮮にかっこいい。よく「推し」に対して「今日も顔面が良い!」というような言い回しを聞くけれど、まさにその気持ちだ。毎日新鮮に美しい。天候や雪の積もり具合によって表情が変わるので、姿が見えるたびに「おおっ」と思う。
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地元でも京都でも、山に対する安心感は抱いていたものの、見惚れるとか、ついシャッターを切りたくなるとか、そういう感動を覚えたことはなかった。
いつか一つの場所に長く定住するときが来たら、きっと、山の見える場所を選ぶのだろう。それがどこになるかはわからないけれど、そんな予感がする。
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片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。