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気球の飛ばないカッパドキアにて/ぽんずのみちくさ Vol.97

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
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旅と暮らすぽんずが送るコラム

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気球の飛ばないカッパドキアにて/ぽんずのみちくさ Vol.97

カッパドキアへ来たのは、気球が見たかったからだった。不思議な形をした岩がつらなるユニークな地形で有名なトルコの街・カッパドキアは、気球の名所でもある。幻想的な風景を求め、世界中から人が集まる。

まだ空が暗い中、眠い目をこすりながらベッドを出る。すこしお腹が空いているけれど、朝ごはんは気球を撮り終わってからにしよう。撮影スポットへ向かう道すがら、墨を流したような黒い空がすこしずつ澄んでゆくのが見える。崖の上から谷を見下ろすと、朝靄のけむる中、無数の気球が奇岩のあいだからゆっくり浮かび上がってくる。こんな場所が、光景が、ほんとにあるんだーーというのはすべて私の妄想で、実際はなんと、私の滞在中、一度も気球は飛ばなかった。

気球というのは繊細な乗り物らしく、悪天候の日はもちろん飛ばない。それに、素人目に見て「いいお天気」の日であっても、基準値よりも強い風が吹けば飛ばせないのだそう。

「せっかくここまで来たんだから」という気持ちで諦めきれず、予定を変更し、長めにカッパドキアに滞在した。「明日は飛ぶかもしれない」という期待を胸に、ホテルの予約を延長する。

気球が飛ぶチャンスは早朝のみ。そのため、その日の朝に飛ばないことがわかればもう、次の日までぽっかり時間があいてしまうのだ。

あいた時間で、トレッキングでもしてみようと思い立ち、トレッキングコースの起点となる小さな町までタクシーで移動した。長くまっすぐな道と植生の少ないごつごつした岩場という取り合わせは人々にアメリカ横断道路を思い起こさせるらしく、猛スピードで駆け抜けていくクラシックカーも時折見かけた。どうやらこれも、観光客用のアクティビティの一つとして人気のようだ。

目的の町は、歩いてまわれてしまうくらいのこぢんまりとしたところ。コロナ前は団体客でにぎわっていたのかもしれないが、カフェも土産物屋も閑散としている。

この近くにあるという廃墟街が気になって、トレッキングの前にすこし寄り道してみることにした。町の中心地からほんの数分。坂道をのぼると、崩れかけた家々が顔を出す。かつて大きな教会と集落があったこの場所は、地震や老朽化がきっかけで人々が住めなくなってしまったのだという。

西日に照らされた家は黄金色に輝き、青く乾いた空とのコントラストがなんとも美しい。半壊している家もあれば、新しそうな建物もある。寄り道のつもりで来たのに、すっかり離れがたくなってしまった。道の途中には首輪のついた犬がいて、あとを追いかけてみると、町のてっぺんの高台まで案内してくれた。

中心地まで戻ると、気の良い土産物屋のご主人が、この町のことをいろいろと教えてくれた。「かつては人が住んでいたんですね……」なんてしみじみした顔で私が言うと、「もうすぐ新しいホテルを作るんだけどね!」と彼は豪快に笑った。どうりで新しい建物があるわけだ。あれは廃墟ではなく、建設途中のホテルだったのか。

気球は飛ばず、廃墟街は再開発中。結局トレッキングも、入口だけで時間切れ。予想と違うことばかりだったけれど、それも悪くない。またこの場所に来る口実ができたのだ。また来よう。いつかかならず。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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