視点を変えたら/ぽんずのみちくさ Vol.77
旅の移動手段はいろいろあるが、いまだに少し身構えてしまうのがバスだ。時間通りに来ないことも多いし、遠くからだんだん近づいてくるバスの行き先を目視で確認するのも、視力検査みたいでちょっと緊張する。乗り方・降り方も国や地域によってさまざまなので、気を抜いているとうっかり無賃乗車しそうになってしまうことさえある。
電車ならネットに時刻表が載っていることもあるし、電光掲示板が用意されている場合も多い。もちろん電車だって時間通りに来ないことはあるけれど、バスに比べれば待っている人の数も多いので、困ったら近くの人に聞けるという利点がある。
ぶつくさ言いながらもバスに乗るのは、こまごまとした面倒を差し引いてもなお、バスという乗り物が魅力的だからだろう。電車よりもゆったりとしたスピードで車窓を楽しめるし、ローカルな景色も見られる。規則的なエンジンのリズムに揺られて、気づいたら眠っていることもある。観光バスなら乗客の一体感が生まれることもあるし、路線バスなら地元の人との思わぬ交流があったりもする。
こうしてバスについて思いを巡らせているのは、先日、かねてより気になっていたオープントップバスに乗ったからだ。オープントップバスとは、文字通り屋根のない2階型バスのこと。頭上を遮るものがなく、ぐるりと景色を見渡せる。今までいろんな観光地で見かけるたびに気になっていたものの、なんとなく機会を逃し続けていた。都内でも乗れると知って、チャレンジしてみることにした。
あいにく当日は雨。どうするのだろうと思っていたら、カッパが配布された。乗客がそろって白装束に身を包んでいる姿は、「ジュラシックパーク」に乗る前みたいでちょっと楽しい。
2階から見る東京の景色は、普段のそれとずいぶん違う。街路樹のみずみずしい緑が頭上を通るたびに爽やかな気持ちになる。電車の高架下を通れば、錆びた鉄骨の迫力に慄く。銀座に立ち並ぶビルを眺めると、一つひとつの建築そのものが美術品のように凝った作りであることがわかる。
角を曲がるたびに変わる景色に驚かされながら、いつもの自分の視点が、いかに固定されていたかに気づかされる。旅先では、きょろきょろと視線を動かしたり、いろんな画角のレンズで撮影してみたりするけれど、日常となると信号や案内板や広告に目が奪われて、遠くから街全体の姿を眺めたり、ビルを丸ごと観察したりという機会はなかなかないのだった。
なんとか視点を変えてみたい、新しいものの見方を獲得したいと思う毎日。乗り物の力を借りて、物理的に視点を変えてしまうのも、手段の一つだと知った。
片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。