林 朋彦
フリーカメラマン 1961年生まれ、東京都出身。フリーカメラマンを経て文藝春秋に入社、写真部に勤務。約30年にわたって報道からリゾートまでさまざまな撮影を経験し、2020年に退社。現在はフリーで写真活動をしている。2012年よりライフワークで床屋の撮影を開始。写真集『東海道中 床屋ぞめき』(風人社)、『トコヤ・ロード』(風人社)に続き、昨年12月に最新写真集『トコヤ・ロード2』(風人社)を発売。
愛用カメラ:FUJIFILM X-Pro2、Leica Q-P
愛用レンズ:FUJINON XF10-24mm F4 R OIS WR/XF16-55mm F2.8 R LM WR
"床屋"巡礼。心地よい昭和感に誘われて
完全なる自己満足。床屋を撮り始めて、初めて写真を好きだと思った
「あえてアポイントはとらずにいます。その方が行きたいときに行けるし、何となくゲーム感覚があって面白いと感じます。でも実際は、何度やっても緊張でガチガチになります。営業中の撮影となるため、お客さんが来る前になるべく素早く撮る必要があり、店主の『撮っていいよ』の一声がゴングとなって、武者震いが始まります」。
始まりは旅先で偶然出会った1軒の床屋
「2012年、家族旅行で行った伊豆半島の田舎道で、ポツンと佇むレトロな床屋が目に留まりました。店内を見たいと思って尋ね、タイムスリップしたような世界に感激したことが、僕の床屋撮影の始まりです。僕は出版社に勤務し、長く社員カメラマンとして撮影をしていたけれど、まるっきり会社員にはなりたくないという思いがいつもありました。そんなことも相まって、以前歩いたことのある東海道五十三次を、今度は床屋を探しながら撮り歩こうと決めたのです。それから週末を利用して約2年かけて東海道を踏破、全部で86軒の床屋を撮影しました。2014年にはエプソンが運営するショールーム『エプサイト』の審査に通り、展示を行えることになった。来てくれた方に見てもらう用にフォトブックも制作したら、それを欲しいと言ってくださる方もいて。写真展は今思い返してもターニングポイントだったと思います。それが弾みとなって、写真集も3冊出すことができましたし、今も床屋の撮影は続けています。途中、何か他のことをやろうかなと考えたり、実際手を出してみたりしたこともありましたが、結局、床屋に戻ってきました。やっぱり好きなんですよね。自分が好きな昭和のカタチが残っているところに惹かれているのだと思います。それに僕は、床屋を撮るようになって、初めて撮影が楽しいと思えた。それまでプライベートで積極的に撮ろうと思うことも、撮影を楽しいと感じることもなかったけれど、床屋はずっと続いている。狭い空間を撮るので、撮影方法のマンネリ化は防げず、撮影は床屋そのものの魅力に頼ることになります。外観も内観も自分の好みであったり、まるでテーマパークのような店に出会ったりすると、そのまま自分の中での"いい写真"になっていく。自分が好きな床屋を、写真にして持ち帰っているのだと思います」。
「お客さんが来て途中で中断してもいいように、撮影のワンカット目はキメのカットを撮っています。床屋自体が主役なので、人物は入れません。外観は好みでも中を見ると思いの他今っぽいこともあり、ぐっと来る床屋に出会えることってそんなに多くはありません。だからこそ、好みの床屋に出会えたときは嬉しさもひとしおです」。
僕にとって床屋を撮るというのは、家に持って帰りたいと思った床屋を写真にして持ち帰ること
「水平や構図、パンフォーカスがびしっとしている写真が好きですね。東海道から始まって、その後も北は青森から南は九州まで、床屋の撮影に全国を訪れました。東海道のときは、1日20kmくらい、5~6時間くらい歩いていたと思います」。
「10代のころに友人のカメラを貸してもらったのが、写真人生の始まりです。それをきっかけにマイクロ写真の会社でアルバイトをしたり、暗室を借りてモノクロプリントを楽しんだり。行きつく先が床屋とは、そのころは夢にも思っていなかったですね」。
「もともとそんなに好きではなかった写真。床屋を撮り始めて、今はライフワークの中心にあります。アマチュアカメラマンという時代が自分にはなかったので、自由に撮れる気楽さや楽しみもあったのだと思います。出版社を退職しフリーで活動するようになってから一層、誰にも指示されない撮影というものを楽しんでいます」。
Information
トコヤ・ロード
トコヤ・ロード2
GENIC vol.66【偏愛というロマン】
Edit:Chikako Kawamoto
GENIC vol.66
GENIC4月号のテーマは「撮らずにはいられない」。
撮らずにはいられないものがある。なぜ? 答えはきっと単純。それが好きで好きで好きだから。“好き”という気持ちは、あたたかくて、美しくて、力強い。だからその写真は、誰かのことも前向きにできるパワーを持っています。こぼれる愛を大切に、自分らしい表現を。