【ぽんずのみちくさ Vol.19】私はダンスが踊れない。

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【ぽんずのみちくさ Vol.19】私はダンスが踊れない。

ダンスが踊れない。

手も足もぎこちないし、振り付けを覚えるのにも時間がかかる。いつしか、人前で体を動かすこと自体が苦手になっていた。

キューバへ行こうと思った理由のひとつは、ダンスが熱狂的に愛される国だという旅行記事を読んだからだった。老いも若きも、灼熱の太陽で踊り出す。自分の中に圧倒的に足りないものが、キューバにはあるんだろうか?そんなことを考えていたら、実際にその光景を見に行きたくなった。

キューバという国は、インターネットの普及率が低いからか、多くの人たちが外で遊んでいる。だべってたり、お酒を飲んでたり、スケートしたり、爆音で音楽を流したり踊ったり。

治安が良いこともあってか、女性や子どもも、夜まで(というか夜中まで)外の道端で楽しそうに肩を寄せ合っているのを見て心底驚いた。

そんなわけで、夕暮れどきのハバナの街を歩くのは楽しかった。一日の終わりが近づいているのに、街の雰囲気が疲れていない。どこもかしこもにぎやかで、なんだか縁日の夜みたい。

上機嫌で歩行者天国を歩いていると、道の端からいきなり呼び止められた。

「へい、ジャパニ〜ズ?」

声をかけてきたのはキューバ人の男性だった。20代後半くらいだろうか。通りの柵のうえに座って仲間としゃべっていたようだ。

旅先ではよくあることだけど、ぶしつけで適当な声かけは無視するに限る。とくに異国の地でひとり旅をしているときはなおさらだ。トラブルに巻き込まれる可能性もあるし、ぼったくり商品を売りつけられるという話もよく耳にする。だけどキューバの陽気な夜の気配ですっかりご機嫌になっていた私は、なんとなく「イエス」と答えていた。

そのまま素通りするか一瞬悩んで、顔だけお兄さんのほうに向ける。

「名前は?」
「ユリだよ」

「俺の名前もユリだよ!すげぇ、俺たちユリとユリじゃん!」隣に座っていた男性が嬉しそうに会話に入ってきた。なんなんだ、出会う人みんなお手本のようなパリピ具合だ。テンションの高さに若干気圧されつつ、それでも足を止めてしまった。

「踊れる?」そう言うなり、声をかけてきたほうのお兄さんが、塀からひょいっと飛び降りる。

踊れない!と私はぶんぶん首を振る。

そこで話が終わるかと思いきや、目の前の人間が「踊れないやつ」だと知ってお兄さんのダンス魂に火がついてしまったらしい。

「踊れないなら教えてやる!」

ワン、ツー、ワン、ツー。筋肉ごと踊り出すようななめらかさで、彼は動く。

見よう見まねで私も踊る。

「なんで道の真ん中で踊ってるんだろう?」頭の片隅で疑問に思うけど、足がからまりそうになるから考えないことにする。

ほら違う違う、と師匠の指示が飛ぶ。

何度かくり返して、簡単なステップが踊れるようになった。

「できたじゃーん!」師匠もユリもご機嫌だ。私も笑っていた。即席レッスンは終わり、彼らに手を振って別れた。

ひとつ、気づいたことがあった。私はダンスが踊れないんじゃない。踊るのが恥ずかしいだけなんだ。

あのときのステップは、もう覚えてない。でも、踊るの案外楽しいね、と思ったときの感情は今もちゃんと覚えている。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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