人間関係を育てるホテル/龍崎翔子のクリップボード Vol.37
龍崎さんはどうやって居心地のいいホテルを作っているんですか?と訊かれた。少し考えて、居心地のいいホテルを作ろうとしてないなと気づいた。居心地の良さを突き詰めて空間を作り上げていくホテルもあるだろうけど、私たちはまた別のアプローチでこの山を登っているんだろう。
HOTEL HE,はないのって冗談でよく言われるけど、そういう時にはSHE,にそれぞれ意味があるんだよ、彼女って意味じゃないんだよ、と答えている。SはSatisfaction(心ゆく)、HはHeartfelt(心温まる)、EはEmotional(心に残る)の頭文字を取っている。ホテルに泊まるのは、旅の一部であって、旅をするのは(多くの場合は)誰かとの人間関係の物語の中の一部だと思っている。私たちは旅の寝床を作っているのではなくて、誰かとの思い出の舞台を作っている。
特にHOTEL SHE,は若いカップルが来ることが多いから、幸せな記憶が空間に蓄積されている気がする。そのとき付き合っていた人とは、時を経て、お互い変わって、別の人生を選ぶことはあるかもしれないけど、でもその人と過ごした温かい記憶はホテルの客室とともに残り続ける。そんな、5年後や10年後にふと思い出して、胸がキュッとして、鼻の奥がツンとして、そしてその時の温かな感情が鮮やかに蘇るようなホテルを作りたい。
去年、ウェディングの会社と一緒に新しい結婚式を作った。『毎月とどく、結婚式の定期便』と名付けられたその商品は、晴れ舞台としての結婚式ではなく、お互いを知り、ふたりの人間がひとつの文化というか、ひとつの共同体に溶けていくそのプロセスを儀式にしたいと願ったものだった。
このあいだの日曜日、以前ホテルに泊まりに来てくださったゲストのアトリエにお邪魔したら、お部屋のピアノの上に『毎月とどく、結婚式の定期便』のパッケージが積まれていた。やがてパートナーの方が帰宅して、おふたりの幸せそうな声がアトリエに響いて、このふたりの人生のほんのわずかな、でも確かな一部にSHE,があるのだなと感じた。
今、私は産後ケアホテルを作ろうと思っている。それはもちろん、妊娠・出産した女性のより良いライフスタイルデザインをサポートしたいという思いが大きいのだけど、ひそやかなこだわりとして、女性のためのホテルではなく、新しく家族を迎えたパートナーたちのためのホテルにしたいと思っている。それまでのパートナーという関係から、両親、という関係に進化したふたりの人間関係をそっと見守り、そっと支える、そんな存在でいたい。
龍崎翔子
2015年、大学1年生の頃に母とL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を立ち上げる。「ソーシャルホテル」をコンセプトに、北海道・富良野に『petit-hotel #MELON』をはじめとし、大阪・弁天町に『HOTEL SHE, OSAKA』、北海道・層雲峡で『HOTEL KUMOI』など、全国で計5軒をプロデュース。京都・九条にある『HOTEL SHE, KYOTO』はコンセプトを一新し、2019年3月21日にリニューアルオープン。