旅の向き不向き/ぽんずのみちくさ Vol.89
ひとり旅を始めて10年くらい経ち、やっと気づいたことがある。おそらく私は、旅好きな中でかなり臆病な部類に入る。
たとえばパスポート。常に肌身離さず持っているし、ドミトリー(相部屋形式の宿)などで、セキュリティに不安のある場合は、シャワー室の中まで持っていく。盗まれることを心配しているというよりは、もうそれがすっかり習慣になってしまっている。
危険だと言われたエリアには絶対に立ち入らないし、飛行機の中で必ず「旅のトラブル集」のページを熟読する。ガイドブックのページの端っこに小さく添えられた、読者の体験談まで読む。
街を歩く前には、なめるように地図を眺め回す。迷子にならないよう道を覚える。知らない人に騙されて「あっちだよ」なんてホイホイ行ってしまいそうで怖いのだ。
そんな調子だから、常に心配が絶えない。出発前はそわそわと落ち着かなくなり、夢の中でもうなされる有様だ。
人によって「安全」の基準も「トラブル」の捉え方も様々なので一概には言えないけれども、旅先で出会う人々は、その多くが私よりも肝が据わっている。
「10万円すられたけど来てよかった」
「パスポートを盗まれたけど、なんとかなった」
「クレカ落としちゃったけど問題ない」
幾多のトラブルをくぐり抜けてきた猛者たちの話を聞くたび、怪談を怖がる小学生のように震え上がってしまう。
未知を楽しみ、トラブルを笑い飛ばす。豪快な旅人たちを見ていると、自分がなんともみみっちく思えてくることさえある。ニワトリが先か卵が先か。用心深いからトラブルに遭わない、とも言えるし、トラブルを乗り越えた経験がないから臆病なまま……なのかもしれない。
「自分には旅なんて向いてないのかもしれない」と縮こまりそうになったとき、思い出すようにしていることがある。キューバで出会った日本人の旅行者と、体質について話していたときだ。胃腸が強くて、インドでもお腹を壊すことがなかったという話をしたら、目を輝かせてこう言われた。
「え、めちゃくちゃ旅向きの体質じゃん!!」
肝は小さいが、胃腸は強い。向き不向きなんて、結局のところ思い込みでしかないのだろう。どうせなら、「向いてる」と思い込んでおこう。
片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。