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生きるために旅している/ぽんずのみちくさ Vol.102(最終回)

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅と暮らすぽんずが送るコラム

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生きるために旅している/ぽんずのみちくさ Vol.102(最終回)

いつか次に国際線に乗れる日が来たら、感極まって、きっと泣いてしまうんじゃないだろうか。長く続く自粛生活の中で、ずっとそう思っていた。

その「いつか」が現実になったのは、2021年の冬の始めのこと。ワクチンの接種も無事に終わり、都内の新規感染者数がついに1桁になったとき、トルコへ行くことを決めた。

出発当日、人の少ない成田空港は知らない場所のようだった。時間帯が遅かったこともあり、大半のお店にはシャッターが降りている。別に悪いことをしているわけではないのに、大仰なバックパックをかついだ自分はこの静かな空間の中で場違いなように思えて、つい肩を丸めてこそこそ歩いてしまう。

飛行機が飛び立つのは夜。窓の向こうはすっかり暗い。空港の整備員の人たちが、飛び立つ飛行機に向けて頭を下げる。滑走路も、そこに光る無数のライトもまだどこか現実味がなくて、映像を見ているような不思議な感覚だ。

いよいよ離陸する。その瞬間に感じたのは、意外なことに、旅に出られる感動ではなかった。それはむしろ安堵に近かった。しばらく風邪で寝込んだあと、熱が下がって初めて外に出るときのような感覚。そうそう、これが私の本調子。そうそう、本来私の体はこんなに軽い。外は暗いけれど、不思議と全身にあたたかな太陽の日差しを浴びているような感覚があった。

この2年間、塞ぎこんでいる日があまりにも多くて、うなだれている自分が本来の姿だと思うようになっていた。でもたぶん、過去の私が感じていた喜びは、興奮は、内から湧いてくる意志は、もっともっと強いものだったのだ。

このあいだ、旅についてお話していたとき、ある方がこんな言葉をくださった。
「旅するために生きている……も間違いではないけれど、より正確に言えば ”生きるために旅してる” が近い?」
そうかもしれない。なんだかすごくしっくりきた。

私にとって旅は、束の間の息継ぎのようなものだったことを思い出す。見たことのない風景が、読めない文字が、初めて出会う味が、これから先二度と会うことのないであろう人が振ってくれた手が、日常で感じていた息苦しさを忘れさせてくれる。

かつては直行便も飛んでいた成田ーイスタンブール間も、今はフライトが減った影響で乗り継ぎ便だった。それでも、このときばかりは、鈍く機内に響き続ける轟音ですら子守唄のように思えた。

旅を楽しめる未来が、どうかこれからもありますように。また再び、自由に国境を超えられる日が来ますように。

・・・

突然のお知らせになりますが、今回をもって、「ぽんずのみちくさ」は最終回を迎えました。連載を楽しみにしてくださった方、たまたま見つけてくださった方、今回初めて読んだら最終回だったよ(!)という方、いろんな方がいらっしゃるかと思いますが、この文章が誰かの日々の中の「みちくさ」になれていたのなら、嬉しい限りです。2年のあいだ、ありがとうございました。たまにはみちくさ食いながら、のんびりいきましょう。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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