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魅惑のバクラヴァ/ぽんずのみちくさ Vol.95

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅と暮らすぽんずが送るコラム

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魅惑のバクラヴァ/ぽんずのみちくさ Vol.95

スイーツの王様、と聞いたとき、あなたは何を思い浮かべるだろう?

艶やかな苺の載った、王道ショートケーキ?
ヨーロッパ最高峰の山を名前に持つモンブラン?
「チョコレートの王」とも呼ばれる、濃厚なザッハトルテ?

答えはきっと、人や国によってそれぞれ。以前の私ならきっと、「そんなの決められないよ」と思っていただろう。

しかし、初めて訪れたトルコで出会ってしまった。「スイーツの王様」として愛される、とんでもないお菓子に。

その名前は、バクラヴァ。

ガイドブックによれば、「パイの蜂蜜漬け」と書かれている。おそらく、この説明だけを聞いたところで、そそられる人はそんなに多くないだろう。写真を見たところ、キツネ色一色で、フルーツタルトなんかの派手さと比べると、どこか質素な感じは否めない。しかし見た目であなどってはいけない。小さな一粒の中に、美味しさとこだわりがぎゅっと詰まっているのだ。

バクラヴァの生地は、いわゆるパイ生地と聞いて思い浮かべるサクサクのものとはちょっと違う。光に当てれば向こう側が透けて見えそうなくらい、一枚一枚が薄くて繊細なのだ。重ねられた生地のあいだには、ふんだんにピスタチオペーストが挟み込まれている。たっぷりと生地に染み込んだ蜂蜜は上品な甘さで、芳醇なバターとピスタチオの香りによく合う。

実際に行くまで知らなかったのだけども、トルコはピスタチオの生産国。お店によっては、ピスタチオましましバクラヴァを売るところもある。きっと、ピスタチオ好きにはたまらないだろう。

ひとくちで頬張れてしまうサイズなので、ひとつ、またひとつとついつい手が伸びてしまうのがバクラヴァの恐ろしいところ。一度食べてからというもの、文字通り「やみつき」状態になってしまい、行く先々で美味しいバクラヴァを求めさまようバクラヴァゾンビになってしまった。

味の美味しさもさることながら、店頭での佇まいも王様然としている。ショーウィンドウに向けて整然と並べられたバクラヴァの姿は圧巻で、蜂蜜のツヤが光を受けてきらめいている。イスラム建築の美しいタイルを思い出させるようだ。

最初のうちは、苦味の強いトルココーヒーと合わせて食べていた。が、まわりを見てみると、チャイと合わせている人が多い。トルコのチャイは、ミルクを入れないストレートティーなので、あっさりした味わいになる。ここがバクラヴァの恐ろしいところなのだが、チャイと一緒に食べていると、口の中で飽和しかけた甘さがリセットされる。バクラヴァとチャイの無限ループが誕生してしまうのだ。

バクラヴァの沼に溺れてしまうのは、観光客だけではないらしい。地元の人たちも、キロ単位でバクラヴァを買っていくというから驚きだ。ずっしりとした幸福を腕にかかえ、今日もトルコの人たちは家路を急ぐ。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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