長旅の相棒/ぽんずのみちくさ Vol.92
私がいつも愛用しているバックパックは、かれこれ10年前に買ったもので、買った当初はこんなに長い付き合いになるとは思ってもいなかった。
このバックパックを買ったのは、1ヶ月かけてヨーロッパ諸国をまわろうと決めたタイミングだった。1円でも予算を抑えるため、旅程はすべてドミトリー形式の相部屋で組むことにした。長旅、そして相部屋……と来れば、持つべきはバックパックでしょう、と憧れと先入観だけで購入を決めてしまった。結果としては正解だったと思う。私が選んだ相棒は、全身が黒くて汚れが目立ちにくく、てっぺんにペンギンのような(しかしペンギンではない)可愛らしいロゴのついた50リットルのバックパックだった。
ヨーロッパの街は、石畳が多い。歴史的な街並みの残る旧市街となれば、なおさらだ。雨が降れば足元はぬかるみ、水たまりも出来やすい。タクシーを呼ぼうとしても、街並み保全のために車の走行が禁止されていたり、そうでなくとも路地が細すぎて入ってこられないということもある。そういうときこそ、バックパックの出番。自分の足2本分の置き場さえあれば、どんなに足元が悪くても進んでいける。
北海道の分厚く積もった雪の中も、坂と階段だらけのイスタンブールも、牛が行手をふさぐインドの路地だって行ける。それに、バックパックは重くて大変じゃないかと心配されることも多いけれども、しっかり身体に合うように調整すれば、案外動きやすいのだ。
狭い場所にすっぽり収まったり、チーズのごとく伸びたりすることから「猫は液体」なんて言い回しもよく聞くけれど、ある意味ではバックパックも「液体」なんじゃないかと常々思っている。荷物が少なければ薄く小さくなるし、細かいポケットにまで物を詰め込めば、巨大なクマのぬいぐるみのようなシルエットになる。それでもまだまだ収納が足りないときは、フックやカラビナを使って他のバッグを連結させることだって出来る。旅の道中で荷物が増え、帰国直前にはぱつんぱつんになっていることもざらだ。縦にも横にも伸びたバックパックは、妙に生き物っぽく、座席に立てかけでもすればたちまち「人」っぽい佇まいになるので笑ってしまう。
ちなみに、いくらバックパックが好きだからと言っても、常に連れていけるわけではない。ちょっといいホテルに泊まってみたいときや、誰かと一緒に旅するとき、国内旅行、あとは旅先での移動が少ないとわかっているときなんかは、迷わずキャリーケースを選ぶ(ちなみにこのキャリーケースもお気に入りなので、語り出すと1000文字くらいかかってしまいそう……!)。キャリーを使うたび、どんなに雑に荷物をつっこんでもなんとかなるし、頑丈だし、鍵だってかけられるし、素晴らしいなあとつくづく思う。それでも、ひとりで旅に出るとなると、自然とバックパックに手が伸びる。私にとってバックパックは、荷物ではなくてまさに相棒、なのだと思う。
片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。