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旅と年齢/ぽんずのみちくさ Vol.91

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅と暮らすぽんずが送るコラム

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旅と年齢/ぽんずのみちくさ Vol.91

「旅は若いうちにしなきゃいけない」という意識が、長らくあった。それは誰かに教え込まれたというよりは、どこかで見聞きしたフレーズの積み重ねのような漠然としたものだったけれど、いつしかその言葉は自分の中でねじれてゆき、「旅は若者の特権」と思うようになっていた。

今思えば笑っちゃうような話だけど、大学卒業を目前に控えたころ、「自分はもう旅の適齢期を過ぎてしまった」と落ち込んでいた。体力があって、時間があって、衰えぬ好奇心がある。海外に出て旅を楽しめるのは、人生においてほんのわずかな時期だけなのだと思い込み、その時期が無情にも過ぎてしまったことを悲しんでいた。

しかし、実際に年を重ねてみてわかった。「旅は若者の特権」なんてことは、全然ない(そもそも20代前半で落ち込むほどこじらせている人が私以外にどれくらいいるのかはわからないけれども)。もちろん、若いうちに旅することで得られることはたくさんある。体力だって、あればあるほど良いに決まってる。価値観が凝り固まっていないうちに、未知の価値基準に触れることも素晴らしい。若いころに旅先で経験した何かがきっかけで、さらなる夢が生まれることもあるだろう。

だけど、年齢を重ねるからこそ見出せる楽しみもあるものだ。トルコでは、イスタンブールが舞台となった小説を道中で読みながら旅をした。歩き疲れたら、カフェでチャイを頼んで足を休めながらページをめくる。移動時間や待ち時間、寝る前のベッドの上なんかで、ちまちまと読み進めていく。

不思議なもので、小説を読む前には「なんだか雑然とした通りだな」としか思えなかった道も、読んだあとにもう一度歩いてみると、オスマン帝国の香りが残っているように思えたりする。

10年前の私であれば、こういう旅の仕方はしなかった。一つでも多くの国に、街に、行ってみたいという気持ちが強くて、猛スピードで駆け抜けるように旅をしていた。学生同士のあいだで、「行った国の数が多いほどすごい」というような雰囲気もあったのだと思う。もちろん今でも、多くの国を訪れた人と出会うたび、その行動力とバイタリティに敬服する。それでも、「自分もそうあらねば」とは思わなくなってきた。惚れ込んだ土地に長期滞在するもよし、同じ場所に毎年通うもよし。もちろん、たった一度きりの短い滞在だって、かけがえのない経験になりうる。人間の一生が寿命の長さだけでは語れないのと同じように、旅を数字だけで語ろうとするなんて、はなから無理な話なのだ。

10年後の自分は、どんなふうに旅をしているだろう。想像はつかないけれど、今の自分にはできない楽しみ方を見つけていてくれたらいいと思う。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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