記憶を大切にしたい理由/ぽんずのみちくさ Vol.41
去年(という実感はまだないけど)の師走に入ってからというもの、時間を見つけては、ちょこちょこと片付けを始めた。
直視するのが嫌で逃げ続けていた確定申告に、とうとう向き合わなきゃいけないことがきっかけだった。「とりあえず」とクリアファイルに放り込んでそのままになっていた領収書たちを、部屋のあちこちから見つけ出す。気乗りのしない宝探しだ。
ただ、たいていの事務作業と同じで、いちばん憂鬱なのは「やらなきゃ」と思っている時間で、いざ体を動かし始めると案外楽しくなってくる。月別に領収書をまとめ、ファイリングしていく。
そのままの勢いで、かれこれ十年ほど溜め込んでいた「思い出箱」も整理することにした。「思い出箱」なんて呼び方は今作ったもので、要は、旅先でもらったパンフレットや展覧会のリーフレットなどが大量にどっちゃり入った、百均のボックスのことである。
うっすら埃っぽい箱を開けると、地層のように折り重なった紙たちが顔を出した。
凝ったことをしようとすると終わりがないのは目に見えている。ならばいっそ、領収書と同じようにファイリングするのはどうだろうか?ちょっと味気ない気もするけど、埃をかぶっているよりマシだろう。
大きなものは通常のA4ポケットに。ハガキサイズはハガキ用のポケット、お店のカードや小さなチケット類は名刺用ポケットに。
つぶれたショートケーキのようにぐちゃっと一緒くたになっていた紙たちを、一つひとつ、はがすように分類していく。手に取ると、思い出が急に息を吹き返す。
宿の主人に書いてもらった手書きの地図。地下鉄の一日乗車券。インドでもらった領収書の但し書きはなんと「ELEPHANT」だった(たぶん象に乗ったときにわざわざ発行してくれたのだろう)。中には、出会ったことさえ忘れてしまっていた人からの置き手紙もあった。
驚いたのは、今となっては記憶の薄い新入社員のころの思い出も、蓋を開けてみると案外あったことだ。それなりに出かけたり、同期と仲良くなろうと努力してみたりしていたようだ。思い出す回数が減っていただけで、「何もなかった」わけじゃなかった。
自分のたどってきた道のりは、歴史と呼ぶにはちっぽけかもしれない。それでもたしかに毎日24時間なんらかの活動を積み重ねているのだ。当時はつまらないと思っていた日々でも、時を経て振り返れば解釈は変わりうる。
記憶を大切にすること。それは、自分自身を大切にすることなのかもしれない。なんて言いつつ、肝心の確定申告の準備はまだ終わっていないんだけど。
ぽんず(片渕ゆり)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。