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犬の住む街/ぽんずのみちくさ Vol.88

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅と暮らすぽんずが送るコラム

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犬の住む街/ぽんずのみちくさ Vol.88

トルコのイスタンブールには、多くの犬と猫がいる。誰かに飼われているのではなく、ただそこに住んでいる。いわゆる野良である。

広島県の尾道や、モロッコのシャウエンなど、「猫の町」と呼ばれる場所には何度か訪れたことがあった。しかし、野良犬がたくさん住む町というのは初めてだ。

ふかふかのレトリバーや柴犬のような犬たちが、柵を越えて芝生の中で日向ぼっこをしたり、大人しく観光客になでられたり、犬同士で追いかけっこをしたりしている。みな穏やかで、毛並みも艶やかで、「野良」という響きから想像する姿とはかけ離れている。電車や船に乗って移動する犬までいるらしい。犬の多くは耳にタグをつけていて、それは狂犬病のワクチンを摂取していることを示している。「海外では動物に触らない」が信条の私でも、タグをつけた犬なら怖がらずに済む。

インドでもよく犬を見かけたけど、限りなく野生に近い存在だった。野良犬というよりは、野犬と呼ぶべきなのだろう。なんていうか、話しかけても言葉が通じなさそう。「え、なんで今?」みたいなタイミングで突然噛みついてきそう。実際は、こちらが攻撃しない限り危害を加えられる可能性は低いそうだけども。

だから、よく見知った姿の犬たちがワフワフと吠え、楽しそうに生きている姿は、とても新鮮に思える。野良牛も、野良猿も、野良孔雀も見たことがあるけど、よく知る動物である分、犬のほうがより不思議な気持ちになる。一般道を大きな犬が悠々と歩いている光景は妙に新鮮で、ついまじまじと見つめてしまう。

公園には、犬のエサを買える自販機のようなものが置いてある。仕組みはガチャガチャのそれと同じで、コインを入れてハンドルをまわすと、下にざっとペレットが降りてくる。犬たちは、好きなときにそのエサを食べられる。

動物好きな旅行者からすれば天国のように感じるが、住民からしてみれば、難しい側面も少なからずあることだろう。ゴミ収集車を大喜びで追いかけていく犬を見たときは、危なくないのだろうかと思わず心配してしまったし、隣の犬と突然ケンカをおっ始める犬もいた。犬アレルギーの人もいれば、犬が苦手な人だって間違いなく存在する。それでも、イスタンブールの犬と人はきっと、折り合いをつけながら生活している。

ひとつ、気づいたことがある。犬に優しくしている人を日常的に見かけるのは、精神衛生上、とても良い。接客中、店先に近寄ってきた犬の頭をなでる人。きっと習慣なのだろう、慣れた手つきで犬の餌ボックスにお金を入れていく人。午後の公園のベンチに座り、ただのんびり犬を眺める人。人の顔がふっとほころぶ瞬間を、1日に何度も見かける。それは私に向けられたものではないのに、なぜか見るたびに少しほっとする。

ただ、そこにいるから。そこに生きているから。命を大切にする理由なんて、それで十分だ。イスタンブールの犬たちは、今日も元気に駆け回っている。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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