缶の中には/ぽんずのみちくさ Vol.60
たぶん「好き」にも色んな種類があって、なぜ好きなのか自分でわかっているものもあれば、自分でも気づいていないうちになぜか好きになっているものもある。
「あなたは缶が好きだもんね」と友人に言われるまで、私は自分がどうやら人より缶好きであるらしいことに気づいていなかった。クッキーの缶、紅茶の缶、コーヒー豆を保管するための缶……。特に集めているつもりなんて全然なかったのに、ふと気づけば訪れた先々で缶を買っていた。時には、はるばる電車に乗って、インスタで一目惚れした缶(しかも中身は空っぽ)を買うためだけに遠くのお店へ出向いたこともあった。
他人と缶の話をする機会なんてなかなかない。だから、缶に対して「かわいいな」と思う気持ちは、誰もが同程度に抱いているのだと思っていた。しかし、みんながみんな、私のように缶に執着しているわけでは、どうやらなさそうだ。
なんで私は、この物体を好きなのだろう?最初はお菓子が入ってたとしても、食べてしまえば中身は空洞だし。とっておいて価値がでるような高価なものでもないし。
考えたこともなかったけれど、きっかけらしきものを辿れば小学生の頃まで遡る。たぶん、最初のきっかけは、ディズニーランドのお土産だった。美しくプリントが施され、丁寧にもミッキーの形に凹凸が作られている。その可愛さに胸が高鳴る。
ディズニーランドに行くなんて、それはもう人生における一大イベントで、いざ行くと決まれば数ヶ月前からそわそわしていた。そんなに楽しみにしていた特別な日でも、時間はさらさら流れ、あっという間に夜が来てしまう。パレードもチュロスも花火も消えて、家に帰ってから手元に残ったのは、お土産に買ったクッキーの缶だった。
甲子園の土みたく、私がその場にいたという確かな証のようなものに思えて、迷わずそれを「宝物箱」に認定した。
チケットの半券やガイドマップ、ハート型に折られた手紙、どこのものかわからない旧式の鍵、形のきれいなシーグラス……。「一軍」の品を中に収めた元・クッキー缶は、なんだか誇らしげに見える。
缶の中には、空気だけではない何かが詰まっている。開けたらタイムマシンにつながる引き出しのように。大人になった今も、心のどこかでそう思ってしまうから、行く先々で缶を手に取っては連れ帰ってきてしまうのだ。
片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。