自分で引いた線の先に/ぽんずのみちくさ Vol.85
デジタルで写真を撮る人であればきっと一度は名前を聞いたことがあるソフト、「Lightroom」。
Lightroomに出会って数年、私はすっかりこの便利なソフトの虜だ。10年前の桜の写真も、昨日見た夕焼けの写真も、あっという間に探せる。何十枚も撮った写真をいっきに明るくすることだってできる。アップデートでさらに使いやすくなり、最近では、たったワンクリックでAIが被写体を選択してくれるようにもなった。逆光で被写体が暗くなってしまっても、ポチッとボタンを押せばきれいに表情が見えるようになる。
隙あらば友人たちにLightroomの良さを布教しようとするくらい、すっかりファンなのだが、最初からずっとこんなふうにハマっていたわけではなかった。
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一眼レフを買って数年は、パソコンに最初から入っている写真ソフトや、フリーソフトを使ってなんとか管理している状態だった。「Lightroomが便利らしい」と聞いても、使いこなせなかったらどうしようとつい尻込みしてしまっていた。
しかし、愛用していたフリーソフトも時代の波に呑まれサービスそのものが終了してしまい、とうとうLightroomに課金することになった。
使い方講座を聞きに行ったり、教則本を買ったりして、少しずつLightroomの使い方を覚えていたときのことだった。早く使いこなせるようになりたくて、会社の休憩時間にもネットで解説を読んでいた。
「何見てるの?」
背後から声をかけられ振り向くと、同じ部署の先輩だった。まだ始めたばっかりで、何が何だかわからなくて……と続ける私に、先輩はこう言った。
「お前のレベルじゃ、Adobe使いこなせいでしょ」
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たいして悪気はなかったのだと思う。当時、同じフロアにはデザイン部門の人たちもおり、デザイナーだけがAdobeソフトを使いこなしていた。そのほかの職種の人々は、PCの種類もスペックも全然違うもので、「Adobe = デザイナー専用」という構図が頭の中に確立されていたのも無理はない。
それでも、出鼻をくじかれたような気持ちにはなったし、やっぱり少しは悲しかった。なんでそんなこと言うんだろうーー。当時はバカにされたようで悲しかったけれども、今になって思うと、バカにしたかったのではなく、怖かったのかもしれないなと思う。
できないことに線引きをする方が、楽だからだ。知らないままでいるより、知る方が、よっぽど疲れるし勇気もいる。「ここから先は、私の持ち場じゃない」。そう切り離すことで、自分の世界を守れる。私自身が、年を重ねるにつれてそういう風に思うことが増えてきたからこそ、ずいぶん昔の会社での出来事を思い出したのだった。
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たぶんこれから、新しい何かを「怖い」と感じることも増えてゆくだろう。それでも、えいやっと進んでみる気持ちを忘れずにいたい。引いた線を一歩超えた先は、きっと今より少し豊かな世界が待っている。
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片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。