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旅先の "いい天気"/ぽんずのみちくさ Vol.39

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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旅先の "いい天気"/ぽんずのみちくさ Vol.39

旅先ではいつも、晴れますようにと祈る。写真を撮るようになってからは、なおさらそう思うようになった。だけど、ほんとうに「晴れ」だけが「いい天気」だろうかとも思うことがある。


ブリュッセルを訪れたのは冬のことだった。一円でも安く泊まりたい気持ちから「男女混合部屋 4ベッド」の部屋を予約していた。当時の私は女性専用部屋しか泊まったことがなく、すこし不安もありつつ部屋のドアを開けた。

と、中にいたのは一人の女の子だった。今日は私と彼女の二人で部屋を占領していいらしい。ビバ、オフシーズン。

韓国から来たその子の名前は「ヒソ」という。リヨンに留学し、フランス語を学んでいるのだという。ブリュッセルには休暇で来たのだそうだ。ここブリュッセルも、日常生活の多くはフランス語が使われている街だ。

「でもね」と、ヒソが付け加える。「わたしの名前、ヒソだけど、フランス語風に発音すると、 “イジョ” になるんだよ」。郷に入れば郷に従え。私もイジョと呼ばせてもらうことにした。

私より一年生まれの早い彼女は、おっとりやわらかい雰囲気でゆっくり話す。フランス語をがんばったは良いものの、気づいたら英語を忘れてしまったのだと嘆いていた。私は英語なら勉強しているけれどフランス語がしゃべれない。

「じゃあ、二人でいれば英語もフランス語もいけるね」となぜか強気になり、夕方、雨の降る中、名物の小便小僧「マネケン・ピス」を見に出かけることにした。

本来ならば歩いて15分ほどの距離にあるはずのマネケン・ピスくん。しかし足下びじゃびじゃの状態で、傘もささずフラフラと歩いていった結果、30分もかかってしまった。イジョも写真が好きなので、雨が降ろうとお構いなし、気になるものがあったら夢中でシャッターを切っている。

ブリュッセルの街は、古い町並みに現代的なアートが溶け込んでいて、真冬の雨の中でも華やかさを失わない。隣のイジョは、ショーウィンドウの中の繊細なレースやカラフルなお菓子を見つけては目を輝かせていて、こちらまで宝物を見つけたような気持ちになる。

長い道のりを経てたどりついた小便小僧は、予想をはるかに上回る小ささ。キューピーちゃんのよう。ブリュッセル最高齢の “市民” なんだって、と私がガイドブックを読み上げる。ふんふんとイジョがうなずく。ずっと眺める必要性も特に感じなかったので、ぱしゃりと一枚写真を撮ったら満足してしまった。

その頃には、雨は小ぶりになっていた。宿への帰り道をぽてぽて歩きながら、イジョが愛用のフィルムカメラをバッグから取り出し見せてくれる(それまで雨の中で使っていたのはコンデジだった)。なんと、私のフィルムカメラとお揃いではないか。次に彼女が見せてくれたのは、日記帳兼手帳のちいさなノート。これもまた私の旅ノートにそっくりで、私も自分のノートを彼女に見せた。お気に入りの雑誌の切り抜き、美術館や映画の半券、いろんな紙切れがスクラップされた2冊のノート。一つは韓国語で、一つは日本語で書かれているけれど、書いてある内容も似ているであろうことは、読めなくてもわかった。

一人で雨に濡れながら歩くのは惨めな気持ちになるけれど、二人で散歩するならば思い出になる。宿に戻り、冷えた体を暖房にあたって温めながら食べるチョコレートは、外で食べるよりも美味しい。

旅先ではつい、いつも晴れを祈る。だけど時には雨の日も、「いい天気」になりうるのだ。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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