【ぽんずのみちくさ Vol.22】体温を持つ情報が、手から手へと渡るとき

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>

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【ぽんずのみちくさ Vol.22】体温を持つ情報が、手から手へと渡るとき

新製品の発売が決定しました!さあプロモーションをしましょう!新しく開発した技術の重要性を、みなさまに広く知らしめましょう!

そんなとき、広告をつくるお仕事の場では、よく「啓蒙」という言葉を耳にした。

「〇〇の重要性を啓蒙するというアプローチで」「××が正しいと思い込んでる人たちを啓蒙する方向で」

狭い会議室に、ひらひらと「啓蒙」が飛び交う。啓蒙。暗きものをひらくこと。道理を知らない人を、教え導くこと。

なんだかとっても上から目線で嫌な言葉使いだなあと思う自分と、揚げ足取ってぐちぐち言ってる暇なぞない、ひとつでも多く案を出すのだ!と思う自分の両方がいた。

会社をやめて2ヶ月後、会議室から遠く遠く離れた中央アジアの国、ウズベキスタンにいた。

宿にチェックインすると、相部屋には先客がいた。カナダから来た女の子、エマ。私と同じように、旅先で仕事をしながら旅暮らしをしているそうだ。写真を撮りブログを書きながら生活している彼女と私が意気投合するのに、時間はかからなかった。この宿がずいぶん気に入ったらしく、かれこれもう1週間くらいここにいるよと楽しそうに笑う。

エマの隣にいたのはこの宿のスタッフ、ムカダというウズベク人の女性。朝ごはんの用意から洗濯、掃除などさまざまな面倒を見てくれるのだけど、暇なときはキッチンで一緒にお茶を飲んでたり、夜になるとテレビをつけてお気に入りのドラマを見始めたり、私が食べてるピザを「美味しそうね、一切れちょうだい!」と食べてしまったり、(私が見る限り)かなり自由な働き方をしており、スタッフというよりは「友達の家のお母さん」みたいな存在に思えた。

エマとムカダは仲良しで、二人とも見ていて気持ちいいくらい大笑いするところが似ていた。年齢は親子くらい離れているけど、二人の掛け合いは姉妹を見ているようだった。

あるお昼のこと、あまりの寒さに共有スペースで私とエマは毛布にくるまっていた。エマは好きな曲を口ずさみながらイラストを描いている。ムカダは仕事の手を休めて私たちとおしゃべりしている。きっかけがなんだったかは忘れたけど、結婚の話になった。

数日前に話したウズベク人の女の子が「ウズベクは親の決めたお見合いが主流だから、自由な恋愛結婚は少ないんだよ」と話していたのを思い出す。

「カナダでは同性同士も結婚できるんだよ」とエマが言う。それを聞いたムカダは「まッ!そしたら私とエマも結婚できちゃうってことね!?」と目をまんまるくして仰天した。

「いやいや私とムカダが結婚するかどうかは別問題でしょ!」とエマが吹き出して、私とムカダもつられて笑った。

3人とも別の国で生まれて育って、きっと全然違う価値観をもっていて、でも一緒にお茶を飲んで笑い転げている。新しい情報は、「上から下」ではなく、一人の人間からもう一人の人間へ、手渡しされる。会議室から飛び出して、こんな光景に出会えてよかった。

ふんわり抱いていた気持ちは確信にかわった。もうこの先、啓蒙という言葉を私が口にすることはないだろう。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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