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旅するような暮らしって、結局どんな暮らしだろうか。/ぽんずのみちくさ Vol.51

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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旅するような暮らしって、結局どんな暮らしだろうか。/ぽんずのみちくさ Vol.51

「暮らすように旅する」というフレーズはよく耳にするし、どういう旅なのか自分なりのイメージがあります。駆け足で観光地をまわるのではなく、一つの宿に長めに滞在してみたり、その土地の料理を自分でつくってみたり、人との交流を楽しんだりするような、ゆったりとした旅。

ではその反対の、「旅するように暮らす」についてはどうでしょう。実を言うと、旅するような暮らしがどんなものなのか、私はあんまりピンと来ていませんでした。
だけど、2021年の1月から北海道上川町へ短期移住してみたことで、「旅するように暮らす」生活がどんなものか、私なりに少し掴めたような気がしています。

上川町へ来てみて、もっとも私が驚いたのは、その景色の美しさでした。アスファルトも公園も覆い尽くす一面の雪に、軒先できらきらしている氷柱(つらら)は、九州で生まれ育った私にとって想像を超えたものでした。東京の雪はあっという間に茶色くなるけれど、上川町の雪は積もったあともずっと白く、さくさくと踏みしめる感触も気持ちが良い。

上川町には、「移住体験住宅」といって、移住を検討している人が住める施設があります。私も2週間ほど住んでいたのですが、滞在中は備え付けのデスクの位置を動かし、仕事をしながら外の景色が見られるようにしていました。

静かに雪が降るさまを眺めていると気分が落ち着き、不思議と集中して仕事ができました。晴れた日には白く染まった山や、桃色に広がる空が見えて、つられるように散歩に出たこともありました。

外に出るたび、知らない景色が広がることの嬉しさを感じました。

そんな上川町ですが、地域のお店などで地元の方とお話しすると、「ここは何もないけど」とおっしゃることが多いのです。私も地方で育ったので、「何もない」と感じる気持ちは痛いほどわかります。

流行最先端のお店もカフェもないし、気になる展覧会や好きなミュージカルの公演も来ない。だから、「何もない」という言葉を否定したいわけではありません。ただ、私にとって上川町は、いろんな景色が「ある」町だと感じていたので、そのギャップに驚いたのでした。

私が上川町で過ごしていた日々は、観光したりイベントに参加したりする日もあるとはいえ、その多くはいつものように家で仕事をするというもの。そんな日々でも、一日をどう過ごしていたか覚えていたくて、たくさん写真を撮りました。上川町のこと、北海道のこと、アイヌのことーー 知りたいことが次々出てきて、それらにまつわる本や映画に触れたりもしました。

短期移住の期間も残りわずかとなり、上川町での生活について思い返していたとき、頭に浮かんだのは、冒頭で触れた「旅するように暮らす」という言葉でした。

なぜ、上川町での日々が「旅するような暮らし」だと感じたんだろうーー?。

上川町という場所の魅力のおかげであることは、言うまでもありません。北海道を訪れるのが久しぶりだったがゆえに、見るものすべてが新鮮に感じていた、というのも事実だと思います。

その中で、一番大きな理由は「期間限定だとわかっていたから」なんじゃないかと考えています。

旅する時間が輝くのは、遠からず終わりが来ることを知っているから。だからこそ、目の前の景色がより美しく見えるし、一瞬一瞬を脳裏に焼き付けておきたくなる。

突き詰めて言ってしまえば、これは旅に限ったことではありません。ずっと続くように思える日常も、本当は永遠なんかじゃない。

北海道での短期移住が終わったあとは、東京の「日常」に戻る予定です。カフェと美術館があり、雪と山がない街。自分には合わないかもと思っていた東京だけど、東京の暮らしだって、永遠ではない。そう気づいた今、東京の景色が自分の目にどう映るのか、すこし楽しみな気持ちでいます。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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