夢無子
ビジュアルアーティスト・写真家 中国出身。「大好きな画家フランシス・ベーコンやピカソのように、高いところに辿り着いた人だけが見える空を見てみたい」が制作の原点。自由でいるため、国も家も捨て、世界50カ国以上を旅し、写真、映像、インスタレーション、空間体験で表現の可能性を追求。国内外で個展を多数開催。キヤノンが開催する「第2回SHINES」にて入選、第21回写真「1-WALL」審査員奨励賞、「ZOOMS JAPAN 2021」グランプリ受賞。
愛用カメラ:Canon EOS R5、Sony α7R III
LIFE GOES ON
旅していると想像できないことが毎日起こるのが楽しい
「単純に人が好きで、人に興味があった。放浪するスタイルを選んだのも、現地の人と同じ生活をしてみたいという気持ちがあったから」という夢無子さんが、50ヵ国以上巡った旅の初日に撮影した写真。
「アルゼンチンはタンゴの本場だから、着いた初日に観に行ったの。最初の目的地をアルゼンチンにしたのは、当時まだ行ったことがない場所が南米とアフリカだったので、まずは日本から一番遠い場所に行ってみようと思って。あとはウォン・カーウァイ監督の映画『ブエノスアイレス』が大好きだから」。
中国で生まれ育ち、日本の大学で映画と社会学を学んだ夢無子さん。
「卒業して映像制作プロダクションで約5年働いた後、そろそろ自分を育てようと思って、旅を始めたの。アーティストは木みたいなもので、自分を育てないと表現する内容がないから。どういう木になろうかを考えながら、まずは栄養を入れようと思って、旅はすべてインプットのため。何かを撮るためにどこかへ行くということではなくて、せっかくだから写真を撮っている感覚かな。見たことがないものを見てみたいという気持ちだと思う。出会ったものに心が動いた瞬間、その時、感じたものを表現したいから、シャッターを切っているだけ。その世界をどういう風に見ているか、それが人の表現じゃない?“表現したい”は“食べたい”と同じ、本能的なものだと思う」。
夢無子さんが写真を撮るのは表現したいから、しなきゃというシンプルな気持ち。「旅していると毎日何かが起きて、次に何が起きるか想像がつかない。何に出会うかもまったくわからないから、出会った瞬間の1秒で判断しなきゃいけない、それが楽しいなと思う」。
撮る前は声をかけない。人は素の時が一番美しいから
「声をかけたら、必ず意識して表情が変わってしまう。人は自然な状態が一番美しいし、作った顔より素のままがいい」。
世界遺産に登録されているボリビアのポトシ市街で。「アンデスの原住民女性の隣にいるトラは警官なの!交通事故が多いので、警官が着ぐるみ姿で注意をひいて、子供たちを守っているわけ」。
"インカの聖なる谷"と呼ばれるペルーの小さな町ウルバンバで。
「毎週水曜に周りの村から人が集まるマーケットがあって、農産物や家畜を交換するんだけど、そこでポテトを売っていた女の子」。
ボリビアのヤギ牧場で働く男性とドイツのビジネスウーマンが駆け落ちして、ペルーで結婚式を挙げた時の写真。
「旅で出会って恋に落ちた2人が結婚を認めてもらえなくて、逃げてきたの。不思議なことに村で結婚式があるというお告げみたいなものが聞こえて、撮りに行った写真」。
ボリビアのポトシで。「道端で物乞いしているおばあちゃんの横に座っていた子供。いい目をしているでしょ?」。
私のフィルターを通して表現し、新しい観点を提供するのが役割
映画監督志望だった夢無子さんが写真を選んだ理由は、見る人の自由度が高いから。
「映画や動画は伝えたいことがある程度固まっていて、見る人が想像できるスペースが少ない気がして。瞬間を切り取った一枚の写真のほうが深くて、余白が広くて、人生や世界の意味や本質を伝えてくれると思う。私は自分の考えを押し付けたいわけではなく、ヒントを与えたいだけだから。見る人に“種”をあげて、あとは好きなように育ててください、嫌いなら捨ててください、それでいいの」。
そんな夢無子さんのアーティストとしてのキーワードは、自由と時代性とエンタメ性。
「同じ時代でも、人によって見えているものが違うから、自分が生きている時代と会話して、私のフィルターを通して表現する。これが私の見え方ですと新しい観点を提案することで、それを見た人が幸せになったり、自由になったりしたら、いいじゃない?たとえば、ウクライナの戦争も、私が撮った写真と、ニュースで流れる映像はどちらも正しくて、ただの視点の違い。すべて見る人に委ねていて、それぞれが何かを感じてくれたらいいなって。それこそがアートの役割で、アーティストの仕事なんだと思う」。
目の前に心が動くものがあるからシャッターを切ろうと思うのは本能
「ミャンマーは90%近くが仏教徒で、男性は出家して修行を積むのが基本。これはバガンの川で、旅する大勢の修行僧に出会って撮った写真」。
「旧首都ヤンゴン近郊にあるタバワセンターは難民や障害者、高齢者や子供など、約2万人が暮らす慈善施設。東南アジアのダライ・ラマのようなセヤドー・ウ・オタマサラという僧侶が作った場所で、このおばあちゃんも家族の虐待から逃げてきた住人。スキンヘッドなので日焼けしないようにシャワーキャップをかぶっていて、タナカというミャンマーで有名な日焼け止めを顔全体に塗っているの。すごくおもしろい人で、人生で一番楽しい瞬間はいつですか?と聞いたら、明日だよ、お墓に入るまでは次の日を楽しみに生きているよって」。
人がいれば必ず何かが起きているから、それをただ切り取ればいい
「タバワセンターではお坊さんが朝、托鉢で寄付してもらったものを住人に分けていて、これはみんながキッチンにお昼ご飯をもらいにきたところ」。
夢無子さんが旅をしながら一番感じるのは、どの国の人たちも一生懸命生きていて、どんな状況でも日常は続くということ。
「ウクライナではサイレンが鳴ったら30秒で地下室に避難しなくてはいけない。常に死ぬ可能性があるというストレスとともに生きていて、日々がサバイバル。でも東京にもストレスと戦いながら生きている人はいて、同じことなんだよね。5月にウクライナに来た後、一度帰って『Kaguya by Gucci』の仕事をしたの。私は戦場カメラマンではないし、CMという資本主義の最たるもので、自分を旅から日常に戻そうと思って。それが私のバランスの取り方で、偏っていないってことかな。戦争を撮っていると、コマーシャルを撮るのをくだらないと思う?ってよく聞かれるけど、全然。むしろ一緒だと思う。結局、写真を撮るって光と構成の話だから。こちらは廃墟だらけだけど、あちらはセットアップされていて、状況が違うだけで、目の前のビジュアルをどう切り取るかだと思う。だって光があれば撮影できるし、世界中どこにでも光は必ずあって、人がいれば何かが起きるから、それを切り取ればいいだけなの」。
目の前の状況を撮ることで理解し、整理し、本質に近づける
「墓地だけでは足りなくて、空き地が兵士のお墓に。海外から戦争を見ているとよく、かわいそうと言うけれど、私はここに来て、一度もそう思ったことがない。爆弾が落ちたらアウトだから、感情的になっている余裕がなくて、みんなとっくに前を向いているの。その強さにはリスペクトしかない」。
爆撃されたキーウの公園で10月に撮影。
「爆弾でできた大きな穴があちこちにあるわけ。でもその周りでは日常が続いていて、犬の散歩もしているし、この穴も子どもの遊び場になって、TikTokのフォトスポットにもなる、これが現代の戦争。東京で見るニュースは、ほんの一部だと思う」。
キーウで5月に撮影。「後ろのオレンジの建物は実は彫刻。爆弾で壊されないように鉄柵で守られているの。毎週末この広場でダンスしていたのが戦争で中止になって、ようやく再開した時に撮ったのがこの写真。結局生きなきゃって、だんだん日常に戻って、久しぶりにみんなが集まって踊っていたの」。
ウクライナはみんなとっくに前を向いて、笑って生きている。今日も生き残れたことに感謝して。だから私が写真で伝えたいのは せっかく生きるなら楽しく生きようよ、それだけ。
「ウクライナに来たのは戦争を理解したかったから。興味があることはSNSを通じてではなく、生で感じたいと思って」。滞在中は写真を撮り続け、Instagramのストーリーズをアップしていた夢無子さん。
「毎日膨大な情報量で、目の前で起きていることは想像のつかないことだったから、写真に撮って、コメントを書くことが、まず状況を理解するために必要なことだったの。自分がどういう風に見えているかを整理していくことで、だんだんロジックや本質が見えてきたと思う」。
すべてを理解するのは不可能といいながら、戦争とは何かに対する自分なりの答えを得たという夢無子さんは、また次の旅へ。「私は結局、地球上で人や動物や植物がどうやって生きているのかを知りたいんだと思う。これまで7、8年旅して見てきた世界をみんなに見せたくて、今は写真で表現しているけれど、絵を描くのでも小説を書くのでも方法は何でもよくて、すべてはアート。経験を積んで、自分の中で変換して、表現していく、そのインプットとアウトプットを繰り返しながら、いつかフランシス・ベーコンが見えた空を見てみたい、それがアーティストとしての原点です」。
Information
2022年4月発売の初の写真集『DREAMLESS』(玄光社)。前半はコロナ禍前に世界50カ国を巡った美しい世界、後半はコロナ禍を生き抜くための旅路を、400ページ超で掲載。パンデミックや戦争で世界が大混乱に陥っている今、すべての人に生きる根源とは何かを問いかけている。
GENIC vol.65【「記録と記憶」ドキュメンタリーポートレート】
Edit:Akiko Eguchi
GENIC vol.65
GENIC1月号のテーマは「だから、もっと人を撮る」。
なぜ人を撮るのか?それは、人に心を動かされるから。そばにいる大切な人に、ときどき顔を合わせる馴染みの人に、離れたところに暮らす大好きな人に、出会ったばかりのはじめましての人に。感情が動くから、カメラを向け、シャッターを切る。vol.59以来のポートレート特集、最新版です。